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付喪神が向かった先は観光客でごった返している大通りだった。大勢の人々に大量の車。身を隠すには十分すぎるほどの条件が揃っている。
「どけ! 警察だ!」
怒鳴りながら月岡は必死の形相でその後を追った。人混みをかき分け、人を押しのけ悲鳴が上がろうが、悪態をつかれようが構わず突き進む。
後ろを振り返った付喪神は、走るスピードを落とすことなく京でも特に賑わうアーケード商店街へと入っていく。
月岡は強く舌打ちをした。
「逃がすか!」
月岡もアーケード街へ足を踏み入れる。露店の服や看板をなぎ倒しながら、付喪神は逃げていく。誰かの悲鳴が次々に上がり、ごった返していた群衆が一気にパニックになった。
(くそっ! なりふり構ってられないってか!)
月岡は障害物を蹴って高く跳ぶ。人のいないところへ着地すると、そのままの勢いで群衆の真ん中を突っ切っていく。肘や腕が誰かの体に当たり、なかには倒れ込む人もいたが心を無にして標的だけを狙った。
付喪神がアーケード街を抜ける。月岡も後を追って十字路を曲がった。
「もう逃げられねぇぞ!」
付喪神は後ろを振り返るも、まだ減速する気配は見せなかった。再び前方を向くと、顔をベリベリと引き剥がし、別のモノに化ける。太めの体型が細くなり、背丈もぐんと伸びる。若い警察官の姿になっていた。
付喪神は胸元から警察手帳を出すと、道路を走る車を止めた。
(あいつ!? させるか!)
「その車待て! そいつは偽物だ!!」
運転席から降りようとしていた女性が驚いた顔をして動きを止めた。付喪神は無理矢理引き下ろそうとしたが、すんでのところでやめるとまた逃げ始める。
(距離が縮まった。あとは、追い詰めるだけ)
月岡の目に緩やかに流れる川が飛び込んできた。
付喪神は後ろを気にしつつ、必死に前を走る。また皮を剥がすようにして警察官の姿からタクシー運転手の姿へと変わる。
足音が大きく変わった。舗装されたコンクリートの道から、土と草へと。大きな川が視界いっぱいに広がったところで、月岡は付喪神目掛けて飛び掛かった。
河川敷に向かって両者は坂道を転がっていく。先に立ち上がったのは付喪神だった。左右を見回して走り出す。その背に怒声が突き刺さった。
「おい! いい加減、もう追い詰めたぞ!」
月岡は腰に提げた拳銃を素早く引き抜くと、付喪神に銃口を向けた。
タクシー運転手の姿になった付喪神は、ゆっくりと振り返ると、抵抗するでも何を言うでもなくただ黙って月岡を見つめる。
空気がピリつくほどの緊張が両者の間を張り詰めていた。僅かでも動けば撃つーーと月岡は決めていた。
この男は妖だ。逃がせば余計な混乱が広がるだけ。京極の双子当主は生きたまま連れてくることを望んでいたが、場合によっては致しかたない。
(混乱を鎮めるのが、秩序を守るのが自分の仕事だ)
まるで動じないが、しかしこちらの指示通り動こうとしない付喪神に向けて、月岡は次の指示を出した。
「よし、そのまま両手を上げろ。いいか、余計なことをすれば即座に撃つ」
付喪神はなおも動揺の色を見せずに月岡の指示に従い両手を上げた。妙な何かを手に隠し持っているわけではないようだ。
だが、油断はできない。相手は人間ではない妖だ。また、何かこの場から逃れられる手段があるのかもしれない。
ジリジリと詰め寄る。一足飛びで体に飛びつき束縛できる距離まで。慎重にゆっくりと。
(よし、このままいけばようやくーー)
そう思った矢先のことだった。後ろから甲高い声が走った。咄嗟のことに月岡は犯人を前にして振り返ってしまう。
一人の女がそこに佇んでいた。
「やめて! その人を逃がしてください! お願いします! どうかどうかお願いします!」
女は地べたへ倒れ込むように体を落とすと、額を地面へとつけて土下座し始めた。
「お願いします! どうか、どうか! お願いします!」
(……こいつはーー)
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