付喪神コンチェルト

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 捜査資料で見た顔だ。付喪神が最後に詐欺を働いた未亡人。彼女だ。 「……なんで……なんでここにいる!? 君は先に遠くへ逃げろと!」  月岡の後ろから動揺の声が上がった。付喪神は今さっき拳銃を突きつけられていることも忘れたのか、月岡の横を通り抜け女性の元へ駆け寄る。 (……演技……ではないな。本心か。状況的にも裏付けられる)  付喪神の慌てぶりを見て、月岡は拳銃をホルダーに戻した。  一陣の冷たい風が横切っていく。月岡は煙草を取り出すと、ライターで火をつけてゆっくりと吸い、そして吐き出した。 「逃げられません! 京極さんが襲われたってニュースを聞いて! 私、いても立ってもいられなくて!」 「あんなもの、大したことないんだ! 世間は派手なニュースに騙される! だから、僕はこうしてーー」 「ーーだが、現にあんたは追い詰められた」  二人の会話に割って入る。 「あのまま抵抗しなければ捕まえていたが、もし抵抗したなら俺は迷わず撃っていた」  付喪神はしゃがみ込んだまま顔を上げた。 「妖の僕に拳銃が効くとでも?」 「確かにな。だが、効かないという保障もない。あんた、元々は台本だろ。おそらく、『全ては演技の上で』、のな」 「ど、どうしてそれを!?」  煙草の煙を吐き出す。 「たまたま耳に挟んだんだよ。あんたの持ち主がその映画で主演を務めた音葉和咲だということも見当はついている。詐欺事件そのものが大きな嘘だったんだろ?」  付喪神は何も言わない。何も言わないが、下を向いてしまった。 「あえて奥さん(・・・)、と言わせてもらおう。あんたは、最後の事件の被害者じゃない。最後の事件の協力者だ」  付喪神はまだ伏せたままの女性の背中に手を置いた。慰めるように。安心させるように。 「配偶者を亡くしたあんたは、失意のどん底に落とされた。抜け殻のような日々だっただろう。子どものいないあんたにとって唯一の家族が、配偶者だったはずだ。そして、そこへ現れたのが配偶者の顔をした付喪神だった」  月岡は吸い終わった煙草を携帯灰皿に入れると、すぐさまもう一本取り出して火をつけた。 「そのあとの経緯はわからない。だが、あんたは再び現れた配偶者が付喪神だと知った上で、化けているだけだと知った上で、しかしそれでも好意を持ってしまった。率直に言えば愛してしまったと言っていい」  女性の背中に置かれたままの付喪神の手が握り締められる。 「付喪神。あんたは、持ち主だった音葉和咲が亡くなり、自由を手にした。しかし、自由の代償は不自由だ。音葉和咲の台本としてのアイデンティティ、つまりは妖としてのアイデンティティを失ったあんたは、無数に広がる自由を前にして、結局のところ持ち主の亡霊を探す道を選ぶしかなかった。音葉和咲と同じ境遇の人物を見つけ、共に暮らすという道だ」  煙を吐き出す。日は傾き、いつの間にか夕暮れが迫ってきていた。
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