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白壁に背を預けて、缶コーヒーを口にした。合間に煙草を深く吸い、大きく吐き出す。月岡の至福の時間だった。
(これで何かお菓子でもあれば最高なんだが)
京に来たからには和菓子、とあちこちの名店を訪れては歴史に残るその味を堪能してきた。だが、今の月岡は洋菓子が食べたい気分だった。
(そろそろ頃合いだな)
京での仕事は終わった。妖関連の事件はそう何度も連続して起こるものでもない。今日にでもここを出立して帰りたいところだが。
「……また、煙草を吸われているんですか」
京極楓が竹林を抜けてやって来る。相変わらず隠し切れないオーラを放っていた。
「ああ、もう一生やめられねぇよ」
京極楓は目を瞑ると、ふるふると首を横に振る。
「……長生きできませんよ?」
「だから、一生だって言ってるだろ?」
ため息を一つ吐くと、京極楓は目を開けた。黒翡翠のように深い瞳が月岡を真っ直ぐに見る。
「二人とも自供しました。ほとんど全てあなたの推理通りです」
「そうか」
「ええ。大変な仕事だったと思いますが、ありがとうございます」
「いや、あんたの采配が正しかったんだろ? 俺じゃなくてあんたが出た方が、もっと収まりはよかったかもしれないが」
そよ風が長い黒髪を揺らす。京極楓はなぜか、まじまじと月岡を見つめていた。
「なんだ?」
「いえ。きっと私が動いてしまえば、二人の心の機微まではわからなかったんやないかと思っただけです。あなたが動いてくれたから、上手い具合に解決まで導けたんだと思っています」
月岡はくわえていた煙草を携帯灰皿に捨て、缶コーヒーを地面に置いた。
「京極楓。この先はどうなるんだ?」
「……それは、二人の今後でしょうか? それとも人と妖の未来についてでしょうか?」
「……まあ、両方だな」
京極楓は深くうなずくと、もう一歩前へと進んだ。
「私にも正直わかりません。私は昔、人と妖は相容れない存在やと思っていました。人が妖を創り、妖が人を襲う。対立構造は妖のその本質そのものに組み込まれているはずやと。ですが、そうではないと立証した者がいてはります」
「俺の部屋の元々の住人か?」
『正しい妖怪との付き合い方』ーーそんなふざけたタイトルの本が置かれていたことを月岡は思い出した。
「そうです。彼女は鬼と信頼を育み、一人の子をもうけた。そして、その子の戦いが今の人と妖の関係を創ったのです」
「……それは、イレギュラーな存在なんじゃねぇのか?」
月岡もそういう関係性を知っている。
(何もできないくせに、何でも知ってるような奴だ)
「現実は残酷だ。社会や世間はまだ、その関係性を排除する方向に動いている」
珍しく京極楓が小さな笑い声を上げた。
「そやけど、月岡さんは真剣に悩んでいます。未来に光があるのか闇があるのかはわかりません。やけど、何が正しいか悩むその姿勢こそが次の未来を切り開くんやと、私は信じています」
月岡も、ふっと微笑みを浮かべた。
「あんたの口からそんな不確かな言葉が出るなんて思わなかったな」
「これぐらいの矜持を持ってなければ、今の時代、京極家の当主はやってけません」
「なるほど、そうかもしれないな」
一際強い風が吹く。月岡と京極楓は、二人して空を見上げた。雲一つない快晴が広がっていた。
そこへ一つの声が割り込んでくる。
「おい! 千尋! なに、楓ちゃんとイチャイチャしてんだ! 抜け駆けは許さねぇぞ!」
「ーーうるさいやつが来たな」
「ええ、ほんまに」
✱
一冊の台本から生まれた付喪神は、小さな留置場のなかで微笑んでいた。
我ながら大立ち回りをしたものだ、と。最初は二人だけの舞台だったはずなのに、一人また一人と配役が増えていき、台本通りにはいかない物語が生まれた。
結果は二人の主演が一人の素人演者に喰われる大波乱で幕を閉じたわけだが、二人の物語はまだ続くはず。永遠とは言わずとも、しばらくの間はきっと。
カーテンコールを浴びることはなかったが、次の上演はすぐそこに迫っている。
(……やめよう)
人生はアドリブの連続だからこそ楽しいのかもしれない。今度こそは真に自由な物語を。
ーー願わくば、妖と人、どちらにも素敵な物語が始まるよう。
◆◆◆◇◇◇
ここまでお読みいただきありがとうございます。
結局、長々となってしまいましたが、『付喪神コンチェルト』、これにて終演です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しい一時を過ごしていただけたのなら嬉しい限りです。
最後に、もしよろしければ、スターやスタンプ、コメント、またレビューなどいただけますと大変嬉しいです。
最後まで本当にありがとうございました。
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