付喪神コンチェルト

4/20
前へ
/20ページ
次へ
 地面に尻餅をつかされた月岡は、即座に立ち上がると痛む足や肩を無視してタクシーの後を追った。 (くそ、あいつ。どういうわけでタクシーの運転手なんかに。しかもよりによって俺が乗る車にだと) 「とにかくこのままじゃ見逃しちまう!」  と言っても月岡は移動手段を持っていなかった。京までは車で来ていなかったし、すぐに応援を呼べる状況でもない。呼んだとしても見失ってしまうだけだ。  近くの信号が赤になり、一斉に車が止まった。先頭には大型のバイクが止まってはいるが。 (ドラマや映画じゃあるまいし、流石に人のバイクを奪って追跡するのは無理だ)  やってできないことはないが、月岡はあくまでも地元の人間ではなく京の警察にお世話になっている身。厄介事を起こせば、妖とはまた違う別の問題が起きてしまう。 (どうする、どうする。いや、迷ってる場合じゃねえ。あの当主直々の命令だ。多少の問題は何とかなるかもしれねぇ)  逡巡している月岡の手元へぽーん、とヘルメットが投げられた。 「!?」  反射的にそれをつかむと、赤信号にも関わらず後ろから突っ込んでくる1台のバイクの姿があった。 「なんだ!?」 「早く乗れ! 千尋!」  バイクの主がヘルメットのシールドを上げる前に月岡はそれが誰だかわかり、すぐに後ろへと乗り込む。  あまりにも似合わないからと特段のことがない限り人には伝えていない下の名前を呼ぶ者は一人しかいなかった。京での事件で知り合い、事件解決まで共に行動していた男。 「その名を呼ぶんじゃねぇって言ってんだろ! 犬山(いぬやま)(れん)」 「あんたは名前の方が呼びやすいんだよ! 恥ずかしがってないで行くぞ! 無茶するから振り落とされんなよ!」 「はいはい。他のことは目を瞑ってやるが、人だけは轢くなよ!」  犬山のバイクが肉食獣のような唸りを上げて走り始めた。何が起こっているのか理解できない車からはクラクションが鳴らされ、罵声も浴びせられたが、そんなことは気にせず無理矢理突っ切ろうとしてることを察し次々と道が開かれていく。  赤信号を通り抜け加速できるまで加速すると、月岡は目立つワインレッドのジャンパーの肩越しから自分を振り落としたタクシーの姿を見つけた。 「あれか?」 「ああ、そうだ! 真横に並んでくれ! 無理矢理止めてやる」  バイクのスピードが一段と上がった。しかし、付喪神も気づきさらにスピードを上げていく。  のろい乗用車を抜き去り、トラックと停留しているバスの間をすり抜けていく。完全に法定速度を無視して飛ばしているとは言えやはりタクシー。身軽なバイクとの距離はどんどん狭くなっていく。それにーー。 「しめた、渋滞だ!」  観光客が異常に多い京の街ではよく渋滞が起きていた。今も1キロほど離れたところで車が詰まっている。 (このまま行けば確実に捕まえられる。どこで運転技術を覚えたのか知らないが、やはり元は台本。このまま渋滞に捕まってーー) 「!? なっ!!」 「嘘だろ!?」  何の躊躇もなくタクシーは歩道へ乗り上げると、そのまま歩行者の間を走り抜けていく。 「おい! マジか、くそ!」  1秒間。ほんの僅かのその時間、月岡は迷った。それはバイクを運転している犬山もそうだ。  その1秒間でタクシーは歩道を突き進みあろうことか人が大勢いるコンビニへと突っ込んでいった。  あちこちで悲鳴が上がっていた。  二人はバイクを道路に投げ捨てるように勢いよく降りると、戸惑う人々を押し合いながらコンビニへと向かった。 (……おいおい。これが人畜無害だと?)  ガラスの破片が散らばり、フロントガラスが無惨に割れたタクシーの運転席にはすでに誰も乗っていなかった。 「千尋! あいつの顔見てんだろ!? どっか遠くへ行く前に追うぞ!」 「無駄だ」 「あぁ!?」 「今、理解した。あいつは台本の付喪神。つまり、役者みたいなもんだ。顔を見られてると知ってんだから、とっくに別人に化けて逃げてる」  磨き上げた革靴でガラスの破片を踏むと、月岡は煙草を咥えて火を付けた。 「とりあえず、今いる買い物客、店員、周りに残っている通行人ーーとにかく周囲の人間全員事情聴取だ。ここでは狭いから京極の屋敷借りるぞ」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加