付喪神コンチェルト

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 閑散とした竹林の中でブラックの缶コーヒーを傾けると、和服姿が視界の端に止まった。少し中身の残った缶を手に提げると後ろ頭を掻いて、月岡は煙草を取り出した。 「……また、煙ですか」  顔にこそ嫌悪感は表れていないが、くぐもるような冷たい声が暗に自分を非難していることを察し、月岡は意地悪く微笑んだ。 「習性みたいなもんだ。どうにもこれがないと落ち着かない」 「狐避け……」 「よく知ってんな、まっ、京極の当主だ。それくらいはわかって当然か」  京極楓は小さく首を横に振った。 「妖研究相談所の吉良所長から直接うかがいました。化け狐の前で煙草を吸ったら、その煙が嫌いで逃げ出したという話が過去にあったそうですね。そして、月岡さん、あなたが『一見粗暴で強引で性格悪そうに見えますけど、案外いい人です』とも言われました」 「それは、随分と間違った解釈だな。……で、世間話に来たわけじゃないだろ。どうだったんだ?」 「あなたが連れてきた人々の中に、件の(あやかし)はいませんでした。というよりも一人残らず人間。妖そのものがいませんでした」 「だろうな。じゃあ、奴は逃したか」 「ええ。こうなってしまえばいかにあなたと言えども、もう追跡は難しいかもしれませんね。まさか私も、あんな大胆な行動に出るとは思いませんでした。判断を誤りました」 「いや、そうじゃねぇ」  煙をゆっくりと吐き出すと、携帯灰皿で煙草の先をぐりぐりと潰す。 「俺たちは化かされたんだ。まんまとな。付喪神ってことで、しかも詐欺師ということで騙された。そうじゃねぇんだ。あいつは、奴は用意された台本ならなんでもこなす役者なんだよ」  京極楓は特段何も言うことはなく黙って月岡の話を聞いていた。全てを見通すような黒い瞳に月岡はやはり苦手意識を感じていた。 「元は誰かの台本だったんだろう。だが、奴は自由に生きてるだけだと言っていた。元はその誰かに縛られた台本だったが、今は自分が好きに台本を書き換えられる。だから、奴は自由自在に誰かに化けて自由にシナリオをいじることができる」 「……なるほど。ですが、それでは余計捕まえるのが難しいということになりませんか? 自由に生きてるということはどこでも自由に移動できるということでもあります」 「そこだ。自由ってのは厄介なもので、なんでもできる半面、自分で何かを決めなきゃいけない。それは、目的でも快楽でもなんでもいいが、今、おそらく奴は警察とのーーいや、俺との駆け引きを楽しんでいる」 「駆け引き……?」 「奴は別にタクシー運転手になる必要なんてなかった。楽しく暮らせる金がほしいんだったら、警察にバレないように巧妙に化ければいい。それなのにあえてあの場面ではタクシー運転手に化けて、しかもあえて俺を乗せ、あえて自ら正体を明かした」  あごに手を添えると、京極楓はじっと考え込むように砂利が敷かれた地面を見つめる。 「確かに。まるで、あなたを挑発しているように見えますね」 「ああ、そうだ。どっかの怪盗があえて挑戦状を送るように、奴は俺を挑発することで警察に挑戦状を送りつけた。そう考えればーー」 「また犯すということですね。この京の街でそれも大きな詐欺を」 「ああ。おそらくな」  砂利を踏む音が竹林に響く。 「どこへ行くんですか?」 「捜査だよ。ああ、そうだ犬山に伝えといてくれ。必要なとき以外関わるなって」
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