付喪神コンチェルト

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 京極屋敷が面する大きな通りへ出ると、ゆるやかに歩いていた月岡の足が止まった。 「さて、どうしたもんか」 (奴があえて挑発するような行動を取っているということは、こそこそと気づかれないところで詐欺を働くわけがない。必ず、俺が来るとわかっているところで何かをするつもりだ) 「ーー現場百遍、か。ちまちま捜査すんのは嫌いなんだが」 (今のところ他に当てもねぇしな。ただ、こっからは立ち居振る舞いに気をつけないといけない。奴が誰かあたりをつけるまでは)  改めて見るとひどい有り様だった。コンビニの正面の窓ガラスは大きく割れて、入口近くに置かれた買い物かごや新聞置き場、それに手前の棚が倒れ中のお菓子類の商品がゴミのように散らかっている。  事件が起きて数時間は経つが、コンビニの周りは部外者禁止の黄色いテープが貼られていて、まだ少なくない警察官が店内を調べていた。 「どうなってる?」  月岡は、テープの前にいた若手に話しかけた。 「はい? ーーああ、月岡さんですね。京極さんから話は聞いてます。今のところ大きな進展はありませんけど、どうぞ中にーー」 「おいおい、あんた部外者やろ! 勝手に入らんでもらえるか!?」  店内から怒鳴り声が響いた。ガタイのいい中年の刑事だ。月岡は威圧感たっぷりのその顔を見て、そういう扱いか、と納得する。 「あっ、警部。この人は京極さんからーー」 「部外者は部外者や! ここは京やで! 妖かなんや知らんが、京には京のルールってもんがある。それを無視して勝手に捜査されるんは困るやろ」 「で、ですがーー」  若い警察官の顔が青ざめる。それでも声を震わせながら警部に反論を試みようとするが、月岡が警察官の胸を軽く叩いて止めた。 「問題ない。こういうのはもう慣れてるからな」 「あ、あのーー」  月岡は白い手袋を両手にはめると、黄色いテープを持ち上げくぐるようにして中に入り、コンビニの真ん中で睨みをきかせている警部と呼ばれた男に近づいていった。 「あんた、耳聞こえないんか? 俺は入ってくんなとーー」 「今回の妖は人に化けるのが得意でな」 「あぁ?」 「たとえばお前みたいな偉そうなやつに化けてる可能性があるわけだ」  顔の皺までわかる距離まで近づくと、月岡は馬鹿にしたような男のその顔に素早く拳をお見舞いした。突然のことで動揺して後ろへ下がった胴体に今度は蹴りを入れてデカイ体を転がすと、胸ぐらをつかんで驚いている目を睨みつける。 「……な、な、なにするーー」 「あんたはホンモノみたいだな」  ポイッとつかんでいた手を離すと、興味を失ったように背を向けて戻ろうとする。その背に怒鳴り声がぶつけられた。 「あんた! 一体何をしてるかわかってんのか!? いきなり殴って、こっちは現行犯で逮捕できるんやで!!」  月岡は苛立ちを隠そうともせずに舌打ちをすると、くるりと振り返って言った。 「だから、あんたが妖じゃないかどうかを確認しただけだ。今回の妖は化かす力はそこそこあるようだが力はまるで話にならない。一発でもお見舞いしてやりゃ、すぐに化けの皮を剥がすと思ってな。あんたは人間だ。よかったな、疑いが晴れて」  なおも何か言おうとする警部を一睨みする。 「それに対して痛みもないだろう。あんた、体しっかりしてるからな。もう部外者は出ていくから、あとはあんたらでよろしくやってくれ」  そう言い残してもう一度黄色いテープをくぐり、コンビニの外へと出ると若い警察官と目が合う。 「すみませんでした。そやけど、いくらなんでもやり過ぎやないですか? 言い方はあれですけど、そんな簡単に暴力に訴えるんは刑事のやることじゃーー」 「そうだな。簡単に暴力に訴えるのはよくない」 「えっ? は、はい」  月岡が当たり前のように自分の意見に肯定したのに拍子抜けしたのか、若い警察官は二の句が継げなくなり押し黙ってしまった。 「ああ、そうだ。1つ確認したいことがある」 「な、なんでしょうか?」 「今回の事件、怪我人や死亡者は『ゼロ』なんだな?」 「えっ、はい。確かゼロやって聞いてますけど」 「わかった。それだけだ。迷惑かけたな」 「ああーーいえ」  現場を離れると月岡は前を向いた。日が傾きかけているというのにまだ通りは渋滞が続いている。 「随分とまあ、平和な事件だな」 (だが、それだけにややこしい。確かに、これは簡単に暴力に訴えて解決するような事件じゃない。やはり、少し腰を据えてやるしかないか)
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