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「はぁ? 女の扱い!? 千尋、お前急に何言って」
電話先から声が弾けた。
「喚くな。車の外に声が漏れる恐れがある。いいから答えてくれ」
下手に直接話すよりも、この場合は電話でのやり取りの方がまだ本人だと言う信憑性がある。顔を知っていれば容易に真似されてしまうかもしれないが、電話番号の入手はなかなかに困難だ。
それにタクシーの事故のときには、犬山はフルフェイスを着けた状態だったから顔を知られていない公算もある。
「いや、急にそんなこと言われてもな……。何をどう答えればいいのか」
「捜査資料によると、この付喪神は年齢はバラバラでも女性を狙って詐欺を働いていることがわかっている。今のところ明らかになっている事件で言えば、全て女性だ。お前と組まざるを得なかった前の事件で、やたら女の話ばかりしてたじゃないか」
「言い方が悪いぜ、まったく。それだと俺が女の尻追いかけてるやつみたいじゃねぇか。そうじゃなくて、向こうから寄ってくるんだよ。……まあ、それであんなことになってしまったのもあるが……」
「……過去は過去だ。今は捜査に集中してくれ、周りに怪しい人物は?」
犬山には例のコンビニの近くに車を停めて待機してもらっていた。動きがあった場合に即座に対応できるようにだ。
「誰も通ってないぜ。昼間はあんなに人通りが多いのに夜になると極端に人が減るんだな。……それで、付喪神は女ばかりをターゲットにしていたと。だけど、それだけじゃあなんとも」
「直近の事件で被害者となったのは30代の未亡人だそうだ。証言によると、一年前に死んだはずの結婚相手が戻ってきたと」
「ふーん、それですぐに警察に通報したってことか?」
月岡は片手で煙草を取り出して口に咥えると、そのまま話を続けた。
「警察には通報したのは彼女じゃなく、近所の人だそうだ。彼女の方はしばらく一緒に暮らしてたらしいぜ」
「え゙っ!? ……まじかよ。『幽霊か妖が!』って騒いでもよさそうなのにな」
煙草の煙がゆらゆらと風に揺れる。
「ああ、そこがどうも読めなくてな。本当に死んだはずの結婚相手が戻ってきたと思った、というのならわかる。だが、この未亡人は現れた付喪神を別人だと見抜いていたらしい。その上でしかし、一緒に暮らしていたようなんだ」
「え〜? まあ、好きになった奴と同じ顔だったから違うとはわかっていてもつい一緒にいたくなったとか? 喧嘩別れでもないんだから、未練を持っていてもおかしくないとは、まあ思うけど。それか、付喪神は役者なんだろ? 生前の旦那そっくりな行動を取れば、頭では違うとわかっていても心が拒否できない、ということもあり得るんじゃないか?」
「そうか」
(一応、筋は通る、か。だが、やはり何か釈然としない。顔がそっくり、だとか行動や仕草が同じということで疑いがありつつも寂しさを埋めるために一緒にいることを選んだ。そんな単純に解釈できるだろうか)
何かこうもっと別な理由がーーと考えていたとき犬山の口調が慌ただしくなった。
「おい、誰か来たぞ! 一人だ! コンビニの中に入っていこうとしてる!」
「……顔はわかるか」
「いや、ちょっと暗すぎて……だけど、警察の制服を着てるな。体は普通? 中肉中背って感じだ。ああ、年齢は若い方だなきっと」
(来たか)
「そいつと接触してくれ。荒事にする必要はない。何をしようとしているか問いただすくらいでいい」
「わかってるよ。じゃあ、一度電話を切るぞ」
電話が切られる。月岡はポケットにねじ込むと、吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付け走り始めた。
(女性の行動はともかく、まずは奴を捕まえる)
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