13人が本棚に入れています
本棚に追加
犬山はなるべく音を立てないように静かに車のドアを閉めると、警察官らしき男の後を追った。
当たり前のように警察の黄色いテープをくぐり抜けると、コンビニの中へと入っていく。
(こんな時間に一人で捜査とは思えねぇな。……あのタクシー野郎か?)
足音を立てずに接近しながら、犬山は懐を触った。
(一応、あれも持ってきたが。戦う力はないと聞いている。ひとまずはいらないか)
犬山蓮は、京極家と双璧をなす妖退治の名家の出だった。とはいえ、京極が光ならば犬山は間違いなく闇。妖退治に使う武器は決して褒められたものではない。
犬山の当主の考え方はともかく、犬山蓮自身はこの力をなるべく使いたくはなかった。
(使わずに済むならそれが一番いい。それに、今回の任務は妖を封じることでも殺すことでもない、あくまでも一連の詐欺事件の犯人として捕まえることだ)
妖が人間と同じように存在を認識され、共に生活することが認められてから数年経つが、大多数の人間からの差別意識はまだ根強い。存在を認めないものもまだ一定数おり、共に暮らすなどもってのほか、という人間も多い。
妖一人を消すのは簡単だ。だが、こうした状況の中で化物ではなく、一人の犯罪者として捕まえようとするのだから、京極家とそして捜査に動く京の警察組織はさすがに寛容だ、と犬山は思った。
(紙都……お前が目指していた世界が着実につくられようとしているぞ)
今は無き友の力強く優しい瞳をふと思い出し、犬山はそっと息をついた。
しかし、その感傷が一つのミスとなる。
「!」
暗がりに音が響いた。まだ店内に残っていたわずかなガラス片を気づかずに踏んでしまったのだ。
「誰や!」
店の奥にいた警察官がすかさず声を張り上げて振り返った。腰にさげた警棒を構えて、ライトを付ける。
「まっ、まて! 俺だ! 犬山蓮! 京極の楓ちゃんから聞いてないか? 今回の捜査に協力している!」
「ああ、あなたが……」
警察官はすぐに警棒を下ろすと、帽子のつばを触りながら頭を下げた。
「すみません。話は聞いてます。やけど、なんでこんな夜中にいてはるんですか?」
「それは……」
(しまった。……この状況、むしろ俺の方が怪しいんじゃ? どうする、どうする?)
奥は暗がりでよく顔は見えないが、若い警察官だった。京の警察組織が進んでると言っても、警察官の中には妖を気味の悪いもの、よくわからないものとして、関わりを避ける者も多い。特に、警察でもない外の人間には高圧的な態度を取るものも数多くいる。その点、この若い警察官は礼儀正しそうで丁寧な対応をしてくれそうだった。
(本音を話すか? だが、妖かどうかの確証が持てねぇ)
「ああ、もしかしてコンビニを見張ってはったんですか?」
意外にも話を振ってくれたのは、向こうからだった。
「……あ、あぁ、まあ」
「それなら確かに私が一人で夜中にコンビニに入っていくのは怪しく見えるかもわかりませんね」
犬山は何も言わず首を縦に振ることで肯定を示した。
(本当に警察官なのか? いや、まだ妖なのかどうか)
また、懐を触る。
(あれを使えばすぐにわかる。だが、ただの人間に見せるわけにはいかねぇし、妖だったら殺りかねない。どうする? どうすりゃいい?)
警察官は背を向けるとライトでレジの辺りを照らした。
「いえ、ちょっと警部から指示があったんです」
「指示?」
「ええ。なんでも、ここの店長から連絡があって。レジの一つに店のお金を入れたままになってるらしいから、調べて持ってきてほしいんやけどって」
(店のお金? 事件の混乱で置き忘れたままになってたのか?)
「……いや、でもそれおかしくないか?」
「えっ、なんでですか?」
「大事なお金だろ? いくら警察だって言ったって普通店長が自分で確認しに来るだろ。他にも忘れてる可能性もあるわけだし。警察に同行してもらって来るとかならわかるけど」
(こいつはもしかしてーー)
若い警察官が振り返った。その顔には少し戸惑いの色がうかがえる。
「……確かに、妙な感じはありますね。ちょっと警部に確認してみます」
ごそごそとスマホを取り出す間に、犬山は自然体を装って真横へと移動する。警察官は、ライト片手にスマホを手にすると、電話をかけた。
(今、一瞬だが確かにディスプレイに名前が表示されていた。これで電話の相手が出ればーー)
「……あっ、もしもし警部? すみません、ちょっと確認したいことが。あの、コンビニにいてはるんですけど」
耳を澄ませる。電話の相手の声はくぐもっているが間違いなく聞こえていた。
『なんでコンビニなんかにいるんや?』
「……えっ? さっき警部からそう言われてーーああ、ちょっと!」
犬山は出口に向かって走りながら、電話をかけた。相手はすぐに出る。
「千尋! 見つけた! 奴は警察に化けてる!」
最初のコメントを投稿しよう!