付喪神コンチェルト

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(もし、奴が人を襲わないのだとしたら狙いはだいたい決まってくるが)  目的地に近づいた月岡は、夜空の下で煙草に火をつけた。そこへ、電話がかかってくる。ディスプレイには、「犬山」の文字が表示された。 「ああ、なんだ?」 「千尋! 見つけた! 奴は警察に化けてる! この捜査を担当している警部に化けて何かをしようとしてるんだ! すでに警察内部に入って動いているかもしれない!」 「うるせぇーな。そんなに大声上げなくても聞こえてんだよ」 「お前、何落ち着き払ってんだって、えぇ!?」  月岡は件のコンビニの近くにいた。犬山が走って出てきたところを待ち伏せていたかのように煙草を吸って。 「おい、お前までここに来てどうするんだよ!? 二手に分かれて捜査して、付喪神を見つける作戦だったんじゃねえのか!?」 「その通りだ。作戦の変更はない」  言いながら、月岡はそうするのが当然という顔でコンビニの中に入っていく。 「いや、聞いてたろ? 付喪神は警部に化けてんだ! おそらくコンビニに残っていたお金を部下に持ってこさせて自分の懐に入れる。そして、その罪を本物の方に擦りつけるためだ。それから、警部に化けてんだんだったら、もっと大きな詐欺事件を起こす気かもしれない。早く捕まえないとヤバいんだ!」 「犬山。いまさら奴がコンビニごときのはした金を狙うと思うか? それも誰かに罪を擦り付けてだ」  月岡は煙草を吸ったままライトを手に持った。 「奴は、確かに詐欺師だが、今まで誰かに罪を擦り付けたことはない。誰かを傷つけたこともな。すでに死んだ故人ばかりに化けて犯行を行ってきたんだ。生きてる人間に化けた方がよっぽどバレないし、事件も複雑化し簡単に逃げおおせるというのに」 「じゃあなんだ? 今回のことは関係ないってことか?」 「それも違うな。実際、警部とこの若い警察官の中で話が食い違ってんだ。どっちかが奴の化けた言わば変装だってことは間違いない。そして、変装したのは警部の方じゃなくてあんたーーそうだろ、付喪神」  若い警察官の姿がライトで照らされる。そこに映し出されたにこやかな笑顔が、そのまま反論を月岡にぶつけた。 「すみません、月岡さん。私は本物ですよ。本当に警部から連絡があってここへ来たんです。それに今の話からすると、それこそなんで意味もなくこんなところにいてはるのか、ってことになりません?」 「下手な方言はやめろ。理由は単純だよ。あんたは俺を欺こうとした。それだけだ」 「それだけ? おい、そんなわけないだろ!?」  犬山が口を挟んだ。 「それだけなんだよ。吉良が電話で言っていた。付喪神は長年大事にされたモノが化けた妖だと。だからその生まれた経緯からして人間とは非常に相性のいい妖なんだ。そして、付喪神が人間に対して反乱を起こしたのは一度だけ。いっせいに棄てられようとしたときだと。愛する女から捨てられた台本は、人間に対して反乱を起こそうとした。自分の存在を高らかに宣言するために、数々の事件を起こしてきたんだ。で、今回、対峙することになった俺を一泡吹かせようと考えた。だから、わざとタクシー運転手として姿を現した。次にやることは完全に俺の推理を外させ、俺に勝つことだ。どうだ? 付喪神。顔が少し引きつってねぇか?」 「……なんで、なんでや? なんで俺だとわかったんや?」  警察官の顔が悔しそうに歪んだ。 「ウ、ウソだろ? 本当にそうだったのか?」  月岡は、煙草の煙を吐き出した。 「お前の狙いが俺を欺くことにあることはわかっていた。だから俺も少し大根芝居をしようと思ってな」 「……昼間、ここで暴れたのはわざとだったというのか?」 「ああ、いくらなんだってさすがに管轄の警部をいきなり殴り倒すなんてバカなことはしない。あれは、お前が俺という人間を誤解させるための罠だ。一番、重要なのは俺が人を殴らないと本物か妖なのか見分けられないバカだと思わせること。2つ目の狙いは、お前のことを力のない妖だと思っている(・・・・・)と思わせること」 「……なるほど、だからか」 「なんだ!? どういうことだ!?」  犬山だけが状況がつかめず混乱している。その慌て振りを見て警察官は微笑んだ。 「そっちの彼には何も伝えてなかったみたいだね」 「ああ、伝えると情報を操作するのか面倒になるからな」 「確かに。……二幕は負けを認めよう。でも、次の三幕は私が勝つ」 「何を言ってる? もう袋の鼠だぞ」  警察官はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。 「逃げられるよ、こんな風にね!」  警察官は警棒を月岡に向かって投げると、その横を進み犬山の方へ真っ直ぐ突進していった。 「チッ、犬山! 捕まえろ!」  月岡は体を翻し、犬山へ指示を出した。だが、なぜか犬山は動けないでいた。警察官はその隙をついて犬山を突き飛ばすと、そのまま夜の街へと走り逃げていく。  急いで後を追いかけるが、すでにもう人影はどこにもなかった。
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