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「なぁ ぶるぶる症って知ってるか?」
「唐突になんですか編集長 う~んと確か、F県S村でたま~に出る謎の病 でしたっけ?」
「お!流石よく知ってるね いや実は編集部宛に『ぶるぶる症についての論文』なんてのが送られてきてね 正直フェイクにしては出来過ぎているし、なんなら俺としてはコレで一本特集組んでもいいな~なんて考えてる 少し調べてくれないか?」
そう言いながら分厚い封筒を渡される
ズシリと重い感触に、なぜか思わず身震いがした
とりあえず読まんと始まらん!
デスクにドカリと腰を下ろして乱雑に封筒を開く
中には分厚い紙の束と1通の手紙が入っていた
見れば見る程やっぱり怪しい そもそもぶるぶる症についてこんなに書けるはずが無いのだ
なぜならぶるぶる症と言えば原因不明のドマイナーな都市伝説
しかも症状は寒い寒いと言いながら家じゅうの食料を平らげて山に消えていくだけ ハッキリ言って地味だ
山で消えるため遺体は見つからず、しかもF県S村限定のうえ、頻繁に起こるわけでもなくせいぜい数十年に一度フラリと起きる
なので研究の仕様がなく、したがってこんなに書ける訳が無し
疑いのまなざし全開で、少しでも綻びがあれば小突いてやろうと読み始めた
まずは手紙から
1通の便箋に丁寧な字で
『この論文は亡き父が書いた物です
このまま遺品として眠らせておこうかと思いましたが、友人から編集部に送ってみてはと言われ迷惑を承知で送らせていただきました
私自身信じられない内容ではありますが、医者であった父が真面目に研究した成果ですので目を通していただければ幸いです
よろしくお願い致します 柿沼詩織』
と書いてあった
なるほどお医者様ねぇ 正直堅実な設定を持ってきおったと少し興醒め
しかし論文を読んでいくにつれてそんな疑念は吹き飛ばされた
要約するとこうだ
東京都の病院で勤務していた柿沼先生はある日、夜間に急患で運ばれてきたAさんの担当となった
Aさんは今日の日中ソロキャンプをした際、たまたま見つけたウサギの死体を勝手に捌いて食べたらしい
腹痛に下痢、強い悪寒を訴えており検査の結果おそらく食中毒 どうにか懸命な処置の結果Aさんは一命を取り留めた
しかし従来の症状とは何かが違う 原因が野生動物の肉ということもあり精密検査をすることに
より詳しい話を聞いていくと、ソロキャンプをしたのはF県S村近くのキャンプ場
今はだいぶ落ち着いてきたが、都内に帰ってきてからずっと戻れ!S村に戻れ!!と誰かに命令されている気分だったという
この一件が気になった柿沼先生 独自に調べ始めたところぶるぶる症という奇病を知る
数少ない文献を搔き集め、他の病気と比較し徹底的に研究を重ねた
その結果わかったのが ぶるぶる症とは捕食行為である という恐ろしい事実だった
F県S村のさらに山奥 詳細な場所は不明だが、そこにおそらくぶるぶるの樹とも言うべき物がある
この樹が周囲一帯に花粉を出し、その花粉を動物が吸い込む事で感染するのがぶるぶる症だ
発症した動物は強い空腹感を覚え、手当たり次第に餌を食べる
そうして腹一杯になると自分から山に入り、ぶるぶるの樹の近くで死ぬことで樹の養分となるというカラクリだ
そして何よりも恐ろしいのが感染力の強さ
例えばぶるぶる症に感染しているネズミをネコが食べた
するとそのネコにも感染し発症してしまうのだ
Aさんの事件もこれに当てはまり、同じようにウサギが感染していたのだろう
こうすることで発症した動物が樹の遠くで死んでも新しい動物を呼び寄せる
むしろ捕食者にあたるクマなどの大きな動物に感染を広げることで、より多くの栄養分を得ようとしているのだ
もちろんこんな危険な樹はS村からかなり離れた場所にある
普段は動物しか近寄らないような山奥のはずだ
しかし感染している動物をたまたま捕らえて人間が食べてしまうなどの要因で数十年に一度フラリと発症
これがぶるぶる症という奇病の仕組みだと考える
「ザっとまとめるとこんな感じの内容でした Aさんの事件も新聞に載っていましたし、柿村先生という医師がいたのも確認できたのでほぼ本物だと思います ただ記事にするなら実際にS村に行ってもう少し調べたいかな~とは」
論文の入った封筒を丁寧に抱えて報告する
もはやガサツに扱えない、世界に1つの貴重な資料だ
そしてなにより
「ご苦労様 でもこの記事は出さない方がいいかな だってS村、理想の田舎として大繁盛じゃん」
「そこなんですよ 今更こんなの出したら何言われるかわかりません」
「軽くググってみたらS村は宿泊リピート率No1 とにかくご飯が美味しくてまた行きたくなる理想の田舎 ブランド豚がウマい 溢れかえる賛辞に驚いたよ 逆にコッチで特集組みたいくらいだ」
「観光客向けに整備も進み、新しい道の駅も出来たらしいですよ」
「ふ~ん ならいっそ来週行ってみようか この村かなり怪しいし」
「え?どういうことですか?」
「まぁいいからいいから 意地でも経費で落とすから予算度外視で一番好きな宿選びなね」
それから一週間後
「ホントに来ちゃいましたね」
「案外アクセスもいいんだなここ」
「田舎道なんで飛ばせますし思ったよりかは速かったですね」
「遠いし何もないから来ないだけで大きい国道はあるもんな さて一応取材の名目で遊びに来たんだ、道の駅とダムくらいは寄ってくか」
言われた通りフラフラとドライブする それらしい写真を撮って一応取材の体裁だけ取り繕った
そして夕方ついにこの旅の目的地、旅館つぼみにやってきた
「ここがS村で1番口コミ評価が高かった旅館です とはいえ平日は結構空いてるみたいですね」
「そりゃそうだろう いうても田舎なんだから」
「でも意外と大きくて立派ですよ」
チェックインすると10畳程の広い和室に案内された
窓からは雄大な大自然が見える
「部屋もなかなか綺麗じゃない」
「2人にしては広すぎるくらいですね」
「夕食はこの部屋で18時半か じゃ、それまで自由時間で」
編集長は荷物を置いて早々と消えた 大好きなサウナにこもるのだろう
さてどうしようかと考えて、一応今日の取材をまとめておくかとPCを開いた
「失礼します ご夕食お持ちいたしました」
「あ、すみませんありがとうございます ちょっと待ってくださいね」
あっという間に夕食の時間 急いで机上を片付ける
バタバタしていると編集長も戻ってきた
「いやぁいいお湯でした サウナも水風呂も最高ですな」
「まぁそれは良かったです」
「この村には他にも旅館とかあるんです?」
「旅館も民宿もございますよ」
「キャンプ場とかロッジはないんです? こんな素晴らしい大自然なら押し寄せるでしょうに」
「皆様そうおっしゃられるんですが、生憎どちらもありませんで 昔はキャンプ場が1つあったんですが、数年前に事故がおきて閉鎖となりました それ以外にもこんな田舎なら何してもいい!なんて勘違いした人も多くてですね」
「なるほど こんな綺麗な山々だ 開放的になりすぎるのも少しわかります」
「それに熊やら猪やらも出ますし、冬は水道管も凍るわ除雪もしないといけないわで正直大変なんですって それなら道の駅などにお金を使おうと考えてるみたいです」
「確かにキャンプ場に来るだけで、この村にお金は落とさないですもんね」
「ちょっと編集長!流石に!」
失礼な事をのたまいやがった
編集長が何を考えているかわからずハラハラする 仲居さんを怒らせてしまいそうで怖い
「アッハッハッハ 構いませんよ それとキャンプ場を作らないのはもう1つ大きな理由がありましてね ここまで来てウチの村自慢の料理を食べないだなんてもったいないじゃないですか さぁさぁお2人もどうぞお召し上がりくださいませ この村自慢のブランド豚ですよ」
「確かに美味そうだ いやホントに取材に来てよかったな~ ちなみにぶるぶる症って知ってます?」
「編集長!!!」
ついにやらかした 脈絡なしに何を言ってんだこのバカ編集長 仲居さんも目をまん丸にして驚いている
「アッハッハッハ 久しぶりに聞きましたよその名前 よく知ってますこと」
と思えばいきなり笑い出した
ひとまず胸をなでおろす
「いやね、お客さん ぶるぶる症ってのは結婚を急かす御伽噺なんです うろ覚えですが軽く説明しますとね」
この山には女神様が住んでいる
端正な美人だが体はひんやり
たまに気に入った男がいれば手招いて山に連れ去ってしまう
だけど女神様の家は山奥も山奥 辿り着くには3日もかかる
だからいっぱい腹ごしらえして向かうのだ
そして幸せに暮らすがどうしても人間の寿命は短い
寂しくなったらまた次の男を探すのさ
「というのがぶるぶる症の御伽噺 昔からこのあたりは人が少なく農家ばかり 山神様に連れていかれる前に、気になる男は捕まえて結婚しなさいと 下世話な話ですが早いとこ子供を作りなさいとそういう御伽噺です」
「で、ですよね!!すみません変な事聞いて もう編集長何言ってるんですか ほら冷めないうちに食べますよ」
「いえいえどうぞゆっくりお召し上がりください お酒のおかわりなど欲しい場合は遠慮なくお呼びくださいね」
温和な笑顔を終始崩さず静々ゆっくり退室していった
「もうホントに何してるんですか編集長」
「アッハッハッハ そんなに慌てんなって 向こうも俺達が雑誌編集者って知ってたうえでの対応さ」
「なんですかその言い方 まるで台本があったみたいな」
「ホントにあるんじゃないかな」
「……は?」
「さっきの御伽噺もなんだか嘘くさい 理由と症状は無理矢理こじつけていたが結局なんでぶるぶる症と呼ばれているのかは不明のままだ」
「神話とか御伽噺なんてそんなものでしょう 疑いすぎですって」
「いやいやそういうものだからこそ、語り継がれていくうちに詳細な情報が増えていくものだ」
「それはあれですよ うろ覚えだといってたじゃないですか」
「まぁそういうことにするとして、あとはなんだ?キャンプ場は金がかかる?管理が面倒だ?そんなの嘘っぱちだね 玄人向けに自然そのままで作ってもいいんだし、やり方はいくらでもある」
「な、なにを根拠にそんな」
「根拠は無い 全部妄想さ ただ数年前の事故を受けて閉鎖したと言ってただろ?間違いなくAさんの事件だよ そしてそれを受けて何やら調べ始めた医師もあらわれたらしいと こりゃあまずいので同じような事が起きないようにキャンプ場を閉鎖し村の秘密がバレないようにした とは考えられないか?」
「そんなことしてなんのメリットが」
「これさ」
目の前の豚肉を箸でつまんでパクリと放り込む
「お、ホントに美味いじゃないか」
「この豚肉がどうしたんですか?」
「もしかしてぶるぶる症に感染した動物の肉って美味しくなるんじゃないか? まぁそれこそホントに食べてみないとわからないがな」
「どうしてそう思うんです」
「ぶるぶる症ってより大きい動物に感染を広げたいんだろ?ならどうする」
「えっ どうすれば?」
「難しく考えるな 単純に美味しければ食べるだろ」
「なるほど でもそれって矛盾してませんか? 食べずに美味しいなんてどうやってわかるんです」
「第六感を刺激する何かがあるはずだ ただの素人がウサギの死体を見てわぁ食べたい!なんて思うのは異常だしな」
「流石に適当でいい加減すぎますよ」
「いいからここからが本題だ もしもぶるぶる症に感染した肉を家畜に食べさせたらどうなる」
「なんですかそれ 死体を食べるわけですから、もちろん感染すると思いますよ」
「それならぶるぶる症に感染した家畜同士を掛け合わせたらどうなる」
「いやもうわかりませんよ なんか薄くぶるぶる症に感染した家畜が産まれるんじゃないですか?」
「それだよ 薄くぶるぶる症に感染した家畜、それはつまり適度に美味しくて中毒性のある肉なんじゃないか? それを食べればまたS村に行きたいと思う魔法のような肉がさ」
「そんなまさか」
「そのまさかが実現してたら?」
「実現してたらじゃないですよ さっきから証拠も無しに何言ってるんですか」
「それだよ 証拠が無さ過ぎる このブランド豚の飼育環境も感染症防止の観点で一切の取材禁止、ここまではわかるが写真や詳細情報も全く出てこない」
「田舎だし仕方ないですよ」
「いやこの村に限ってそれはない ここはこの豚が一番の魅力だ バンバン売り出さないでどうする」
「な、なるほど 田舎だからこそ大きな目玉は1つしかないと」
「というか食以外を褒める口コミが少なすぎる 理想の田舎として大人気なのに『食べ物がウマくてまた行きたい』なんて感想ばっかりだ」
「じゃあこの村は必死に秘密を隠しているんですか?」
「未知の病気に感染した肉が名産品です なんて口が裂けても言えないしな そりゃ必死に隠すだろう」
「そう言われれば確かに というかそこまでわかってたんなら言ってくださいよ! てっきりホントに遊びに来ただけかと思ってました」
「俺も最初はそのつもりだったよ でも調べれば調べるほど怪しくてな」
「もうなんか食欲なくなっちゃいました」
「勿体ないから食べな食べな ホントに美味いぞ」
ガツガツと食べ進める編集長を見ておそるおそる箸を伸ばす
「あ ホントに美味い」
「だろ?山菜の天ぷらも日本酒に合っていけるぞ」
食べ始めれば止まらない しばらくお互いに黙々と食べ続ける
すると思い出したように編集長がポツリともらした
「ぶるぶる症ってぶるぶるの樹が最終ゴールなのかな 更にぶるぶるの樹を食べる誰かがいるんじゃないか」
「もうまたそんな事言って 誰かってなんですか」
「樹がそこまで高栄養を求めるかね 誰かが最終的に食べるためのいわば調理がぶるぶる症なんじゃ」
「まさかこの村が本当に隠したい秘密ってそっちだったり……」
思わず窓の外に広がる山々を見つめる
真っ暗なその山奥で、何かが樹に齧りついている様子を想像してしまった
「なんてな あんましそう考えるな 全部俺の妄想なんだし」
「で、ですよね!もう変な事いってビビらせないでくださいよ」
「そう言いながら箸が止まらないじゃない ホントに美味しいねこの料理」
「いやもうお腹減っちゃって なんならご飯おかわりしちゃおっかな」
「俺も少しもらうわ サウナ入って整ったおかげか空腹でな 今度他の社員も連れてくるか」
「そう言えば編集長、なんだかこの部屋寒くないですか?」
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