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河童橋周辺の自然を一通り堪能した後、僕たちは食堂へと向かった。
食堂のあるバスタまで戻ったが、まだ少し開店時間の6時までは時間があったので、少しでも寝不足を補おうとベンチでうつ伏せになった。そして6時になり食堂が開いた音を聞いてすぐに食堂のある二階へと早足で向かう。
一番乗りで店へ入った僕たちは、二人とも山菜そばを注文した。僕たちは窓際のテーブル席に座ったので、待っている間も上高地の山々を窓から眺めることができた。食事の際にも見ることができるとは、眼福であった。
そしてしばらくして山菜そばが運ばれてきた。友人は僕の分の箸も取って静かに置いてくれた。
「「いただきます。」」
二人で一緒に感謝を表し、そばを食べ始める。まず僕はレンゲで汁を掬って口に運ぶ。温かく優しいながらも、深く濃い味わいのするだし汁は食道を伝って疲れた体の五臓六腑に染み渡る。続いてそばと山菜にも箸を伸ばす。そばにはコシがあり、信州の地の野山で採れた山菜の香りが鼻を突き抜ける。
ほとんど夜行バスで眠れなかった僕には最高の朝食で、あっという間に食べ終わった。そして窓の外に目を向ける。これほど最高な朝食を僕は知らない。水を飲む。息を呑む。ただただこの繰り返しである。
上高地食堂という最高の店で一休みした僕たちは、朝食の後、先にお土産を買った。
僕たちは帰省する途中で上高地に寄ったため、実は今もキャリーケースを持ち歩いている。そのため、大正池で降りることができなかった。
帰路で時間がなくなってお土産を買えないという悲しい事態を防ぐために先にお土産を買った僕たちは、それをキャリーケースに入れた後、手荷物を預けて身軽になって歩き出した。
チリーン、チリーン。
熊鈴の大きな音が静寂に包まれた森に響き渡る。
僕たちはまず大正池へと向かうことにした。本日の天気は晴れのち小雨。そのため、晴れているうちに大正池から焼岳を見て、曇ってきたときに明神池へ伺うという予定を立てたのだ。
河童橋を渡って対岸に出た後、川に沿って大正池へと向かった。二度目の河童橋だったが、先ほどよりも澄んだ鮮やかな青空が、穂高連峰の形式美を際立たせていた。そしてその道中、強い陽差しが差していたものの、厚い木々の層が天然のカーテンとなり、高い標高も相まって非常に涼しく快適な旅路となった。そして、時折小道が現れ、その先へ足を伸ばすと河原へと出た。そこでは河童橋から見た絶景と似た景色をもう一度見ることができ、そこまでに蓄積した疲れが回復するのを感じた。
そして僕たちは結構なハイペースで歩き続け、一時間ほど経った頃、少し開けた場所に出た。
事前に頭に入れた知識によると、田代湿原のはずだ。そこでは、少しやつれ気味の木々に囲まれて、やや背の高い黄緑色の草が風に靡いている。その湿原の奥には山々が聳え、背後の空を蒼が彩っている。そしてその空のキャンバスに描かれた陽光は優しくその湿原を照らしながら見守っている。
まるで、神様の箱庭のようにも思えた。流石、『神降地』というだけはあるな、と感心し、僕は友人に語りかけた。
「本当に大自然やなぁ。」
「まあ、ちょっとボサボサかもしれんけどなぁ。あ、失言でした。」
「そうか?そんなことないと思うけどなぁ。」
「いや、田代湿原と失言を掛けただけやったんやけどな笑」
どうやら僕の頭はこの湿原地帯のように、スッカスカらしい。今はダジャレに対応できるほど余裕が無かった。
「なるほどねぇ。流石、師匠や。」
やはり、この旅は師匠を誘って大正解だ。なにしろ、師匠は風流を解することにも長けており、しかも大学では登山部に入っているらしい。
何か、ダジャレで返そうと考えていると、すぐにまた開けた場所に出た。そこは赤土のような底面に、水深の浅い水が溜まっている所で、田代池と呼ばれているらしい。ここも神秘的で、またすぐに体力が全回復していく。そして、その回復した脳で、ダジャレを捻り出した。「この池はあんまり、いけ好かないなぁ」と。ただ、そのダジャレは田代池の水深のように”浅はか”だったので、胸にしまっておくことにした。そして、僕たちは主要な目的地の大正池へと再び歩みを進めた。
そしてさらに20分ほど歩いた後、とうとうそこへ着いた。悠然と構える山々と、それを映して反射する池の水面。また新しい上高地に出会い、歓喜する。ネットで事前に見ていたが、とても写真では感じ取れることができない感動がそこにはあった。威風堂々たる山の佇まい。その山の岩肌。これらは肉眼で見てこそだと、僕は思った。
その感動を、初めは友人と分かち合っていたが、どうやら彼は疲れ切っていたようで、近場にあった岩に座ってすぐ、彼の首は次第に垂れ、カクン、カクンと眠気との格闘を繰り返していた。僕は微笑みつつ、肩を貸した。そしてしばらく休んだ後、二人で、帰りはバスにしようと決め、大正池からバスタまではバスで戻った。
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