【そうだ、上高地へ行こう】

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ニ之池は左側に沿って少し奥まで行けるようになっており、せっかくなので足を伸ばそうと友人を誘った。しかし、これが誤りであった。僕の足はとうに限界を迎えており、先ほどまでの原動力は、もはや達成感へと移り変わっていた。それに加え、雨で滑る岩を伝っていくこの道は少し険し過ぎた。僕の足は、往路はなんとか頑張ってくれたが、復路で遂に限界が来た。そしてさらに軽い頭痛も覚え、明神池から出た後、近くにあった小屋で、大正池の時とは逆に友人に寄りかかってしばらく休んだ。 20分ほどだろうか、長い時間休めた僕は、少しずつ体力が回復しているのを感じたが、まだまだ一時間歩くほどの体力は無いことを悟る。そして、すぐ近くには嘉門次小屋という店がある。 「岩魚の塩焼き、食べない?」 僕は友人に問いかけた。 「そうすっか。」 友人は、まだ辛そうな僕に対する優しさ故だろう、快諾してくれた。 そして僕たちはそこで岩魚の塩焼きを注文した後、席に座って優雅に泳ぐ岩魚を横目に高山地帯ならではの美味しい水で渇いた喉を潤した。せっかくなのでビールを飲みたい気持ちもあったが、もし飲めば生還できないことは明白だったので断念せざるを得なかった。そして友人と緩く話していると、こんがりと焼けた岩魚が運ばれてきた。やはり料理はどこで、誰と食べるかという要因も大きいのだろう、シンプルな塩の味付けだったが、ここ上高地で気の置けない友人と食べる岩魚は絶品だった。ただ、美味しすぎて気が逸ったのだろう。頭からかぶりついたもののあまり噛まずに飲み込んでしまい、喉に骨が刺さった。何度も水を流し込んで、なんとか取ることができた。最初は、”うお”って驚いたが、無事に取れたことだし、物理的にも心理的にも、”水に流そう”。 さて、そんなこんなで岩魚も食べて胃も満たされた僕たちは、最後の道を歩き出した。これは非常に道幅も広く、想像よりも容易に歩くことができた。帰ったら売店でアップルパイでも買って食べようと動機づけし、二人とも限界に近い足でゆるりゆるりと歩を進め、気づけば河童橋の手前まで帰ってきていた。そして、本日四度目の河童橋からの穂高連峰を眺める。 今回の旅路は、一人では決して成し遂げられなかった。精神的にも、身体的にも、支えてくれる友がいたからこそ、歩き切ることができた。僕らは人で、上高地の雄大な自然のように、また、荘厳な山々のように、己のみでは堂々たる生を遂げるはできないのかもしれない。それでも、その人の儚さこそが尊いのだと僕は思う。寄りつ寄られつ。僕たちはきっと、互いに支え合って生きていくことが必要不可欠なのだろう。 ギシギシと揺れる河童橋からは、直立不動の穂高連峰が佇んでいる。
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