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ブランカが唸ると同時に空気は爆ぜた。
武士の精神性を象徴する剣道場が野獣の狩場と化す。一直線に吹き抜けていく風に翻弄されて床や壁が軋む。
荒々しく禍々しい暴風はブランカそのものであった。恐ろしい速度でヒイラギめがけて突進して爪を縦一閃。
天然の刃物が獲物の頭を裂くかと思われた。
しかし虚空に散るモノは血飛沫でなく火花。
「怪物め」
ヒイラギは手に太刀を握っていたのである。
上段への防御で爪を打ち弾いて砕いていた。
即座に飛び退くブランカの右肩先を光が撫でていく。ヒイラギによるカウンターの左袈裟斬りが生む軌跡だ。
「浅いな」
とヒイラギがつぶやいて正眼の構えに移行する。
その言葉どおりブランカの負傷は肩口だけに留まり、致命部である胸を一刀のもと断つまでに至っていない。
「よく避けた、異国の刺客」
「そちらこそ、やりますね」
ヒイラギが着ているものと同じ白セーラー服を汚す、自らの真っ赤な血を見つめながらブランカは嘆息した。
「カタナを使うとは、サムライですか?」
「否と言おう」
ヒイラギの額の皮膚が裂ける。
そして2本の突起が迫り出す。
「角ですか?」
「物語は『桃太郎』、キャラクターは『鬼』」
「それが、あなた」
「それが、ぼくだ」
ふたりとも、距離を縮めつつ再び睨み合う。
ブランカは、先ほど砕かれた爪を見下ろす。
「爪じゃあ勝てない。あなたのマネをします」
ブランカの傷が、浅さに見合わぬ大量の鮮血を噴く。にわかな赤い雨が、小さな体に降り注いで瞬時に凝固。
形成された血の衣はまるでフード付きのケープ。
「『赤ずきん』というわけか。血を操れるのだな」
フードを被ったブランカは右腕を勢いよく振るうと、手首に伝っていた血をカタナと似た武器に変形させる。
「こういうこともできますよ。これでお揃いです」
即席の模造品を握りしめた赤ずきんが先に動く。
「死んでください」
ふたりの少女の刃が幾度も高速でぶつかり合う。
「キミの目的はなんだ? 仇討ちか? キサラギか? 後者ならばキミを殺さねばならん。どうか答えてくれ」
「どちらでもありません。ファミリーに従うのみです」
「ファミリーに死ねと命じられても従うというのか?」
「自分が死んでも他人が死んでも特に感想なんかない。現実として受け入れて『あァそうか』と思うだけです」
「嘘だな。アリスの話をするお前の心は泣いていた!」
「……知ったふうなこと……ほざかないでください!」
交わる声は叫びとなって次第に熱を帯びていく。
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