第1話 孤狼

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 ブランカが唸ると同時に空気は()ぜた。  武士(サムライ)の精神性を象徴する剣道場が野獣(ケダモノ)狩場(テリトリ)と化す。一直線に吹き抜けていく風に翻弄(ほんろう)されて床や壁が(きし)む。  荒々しく禍々(まがまが)しい暴風はブランカそのものであった。恐ろしい速度でヒイラギめがけて突進して(ツメ)縦一閃(たていっせん)。  天然の刃物(ナイフ)が獲物の頭を裂くかと思われた。  しかし虚空に散るモノは血飛沫(ちしぶき)でなく火花。 「怪物(かいぶつ)め」  ヒイラギは手に太刀(たち)(にぎ)っていたのである。  上段への防御(ガード)で爪を打ち弾いて砕いていた。  即座(そくざ)に飛び退()くブランカの右肩先を光が撫でていく。ヒイラギによるカウンターの左袈裟(けさ)斬りが生む軌跡(ひかり)だ。 「浅いな」  とヒイラギがつぶやいて正眼(せいがん)の構えに移行する。  その言葉どおりブランカの負傷は肩口だけに(とど)まり、致命(ちめい)部である胸を一刀(いっとう)のもと断つまでに(いた)っていない。 「よく()けた、異国の刺客(しかく)」 「そちらこそ、やりますね」  ヒイラギが着ているものと同じ白セーラー服を汚す、自らの真っ赤な血を見つめながらブランカは嘆息(たんそく)した。 「カタナを使うとは、サムライですか?」 「(いな)と言おう」  ヒイラギの(ひたい)皮膚(ひふ)が裂ける。  そして2本の突起が()り出す。 「(ツノ)ですか?」 「物語(テイル)は『桃太郎(モモタロウ)』、キャラクターは『(オニ)』」 「それが、あなた」 「それが、ぼくだ」  ふたりとも、距離を縮めつつ再び睨み合う。  ブランカは、先ほど砕かれた爪を見下ろす。 「(これ)じゃあ勝てない。あなたのマネをします」  ブランカの傷が、浅さに見合わぬ大量の鮮血を()く。にわかな赤い雨が、小さな体に降り注いで瞬時に凝固(ぎょうこ)。  形成された血の(ころも)はまるでフード付きのケープ。 「『赤ずきん』というわけか。血を操れるのだな」  フードを(かぶ)ったブランカは右腕を勢いよく振るうと、手首に伝っていた血をカタナと似た武器に変形させる。 「こういうこともできますよ。これでお揃いです」  即席の模造品を握りしめた赤ずきんが先に動く。 「死んでください」  ふたりの少女の刃が幾度(いくど)も高速でぶつかり合う。 「キミの目的はなんだ? 仇討(あだう)ちか? キサラギか? 後者ならばキミを殺さねばならん。どうか答えてくれ」 「どちらでもありません。ファミリーに従うのみです」 「ファミリーに死ねと命じられても従うというのか?」 「自分が死んでも他人が死んでも特に感想なんかない。現実として受け入れて『あァそうか』と思うだけです」 「(ウソ)だな。アリスの話をするお前の心は泣いていた!」 「……知ったふうなこと……ほざかないでください!」  (まじ)わる声は叫びとなって次第に熱を帯びていく。
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