第1話 孤狼

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第1話 孤狼

 アメリカ ニューヨーク市  某ホテル室内 「ハートの女王だ。アリスが首を()ねられた」  ひどく無機質な声色で語り始めた黒スーツ姿の女は、PCが再生しているメッセージ動画内の存在にすぎない。ゆえに淡々と機械的に自分の仕事を続けるだけであり、受け取り手たちが放つ激情の熱波に気づくこともない。 「場所はジャパン、キョートだ。首は橋の上に(さら)され、見せつけるようだった。報道規制をかけたからコチラでニュースになることはないが、そういう問題じゃない。我々の威信を極東の糞猿(ファッキンジャップ)に汚されたことこそ、問題だ」  室内の闇とモニターの薄明かりが描き出す境界線で、複数の人影が(うごめ)きながら立ち上がって瞳を(きら)めかせた。 「行ける者から飛んで行き、連中を地獄(ゲヘナ)で燃やせ」  ジャパン キョート市  キョート女子学園高校  クラス内でも素行が悪いことで知られるグループが、留学生の席を取り囲んで馴れ馴れしく話しかけていた。 「ランカちゃんってジャパン語うまいね」 「母がジャパニーズなので母はそれを私に教えました」 「ハーフってこと? どのへんがジャパニーズ?」 「カラダの特徴でしたらあまり受け継いでいないです。あなたがたがもっている黒い髪は私にとって憧れです」  半分ほど白人にしては幼い顔つきで背も低い少女は、肩に垂らす淡い(くり)色の三編(みつあ)みお下げに触れてうつむく。 「この髪、あまり好き……じゃないので」 「染めたら? もっとアメリカ人らしく金髪にでもさ」 「しかし、(いまし)めとして……染めるのはやめておきます」 「イマシメ? けっこう難しいコトバ知ってんじゃん。マジでジャパン語うまいよねぇ英語の教科書みたいに」  グループの親玉が留学生のお下げをつまみ上げた時、たまりかねた様子の委員長が立ち上がって声を上げる。 「およしなさい。ランカさん困ってるわ」  不良たちは一気に青ざめ、そそくさと離散してゆく。無関係の生徒まで黙り込み、教室の空気は張り詰めた。  一介(いっかい)の生徒が作り出す空気としては異様である。  平安(へいあん)貴族めいた(ひめ)カットの長い黒髪を揺らしながら、留学生に歩み寄った委員長が花咲くような笑顔となる。 「わたしはキサラギ。ランカさん、よろしくねっ」  留学生の視線はキサラギの背後へと向いていた。  キサラギの影であるかのように存在感を薄めて立つ、市松(いちまつ)人形じみたボブカットの女子と一瞬だけ(にら)み合う。 「あの……ランカさん」  握手を求めるキサラギの手が迷子になっていた。 「あっ……ドーモ失礼」  ぎこちない握手が交わされる。
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