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息子が25歳の時、結婚した。
相手はとても可愛い看護師だった。
彼女の両親は、俺達よりふた回り程若い夫婦だった。
結婚して二年後には、息子夫婦に子供が生まれた。
初孫だ。
息子がうちに来た頃のことを思い出し、なんとも言えない幸せな気分を感じた。
80歳になったのをきっかけに、俺は弁護士をやめた。
やろうと思えばまだやれただろうが、残り少なくなった人生をもっとゆったりと過したいと思ったからだ。
ゆったり出来ると思っていたが、仕事をやめてみたらやめてみたで、今までにやれなかったことをやりたくなり、とてものんびりとは出来なかった。
映画を見たり、本を読んだり、近所の子供たちに英語を教えたり、体操に行ったり。
家事の手伝いもした。
一日があっという間だった。
そんなある日、俺は突然倒れた。
ぼんやりとした意識の中で、俺は病院に運ばれて行くのを感じた。
きっと、俺は死んでしまうのだと思った。
心残りがないと言えば、嘘になるが、それでも俺の心は満たされていた。
今までの人生が、頭の中を過ぎる。
そして、思った。
とても幸せな人生だった、と。
若い頃の苦しみなんて、思い出しもしなかった。
不意に、妙子の顔が頭に浮かんだ。
母のためにした結婚だったが、俺は妙子を愛していた。
いつからかわからないが、明らかに彼女を愛していた。
間際になって、そう気付いた。
妙子にそれを伝えたい。
お礼を言いたい。
でも、体が動かない。
(妙子…ありがとう……皆、元気でな……)
俺の人生は終わった。
温かな幸せに満たされて、俺は静かに旅立った。
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