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第4話 現実の陣(第1ラウンド後)
今のところ、支配者大魔神はわたしに近づいてきていない。
わたしは着実に出世階段を登っていた。
時刻は午後15時になろうとしていた。わたしは額の汗を拭い、画面を見つめている。ヘッドフォンのマイクに向かって「1.1.5の閉局作業をお願いします。」と明瞭な声で言った。
わたしは魔法陣を注視していた。魔法陣を広げたすぐ隣で、テイクアウトしてきたアイススターバックスラテの水滴を木製ソーサーが静かに受け止めている。
「了解。1.1.5の閉局作業を実施します。」
作業エンジニアが言った。わたしはExcelシートの1.1.5の実績値欄に開始時刻を追記した。
競泳水着のような姿の男たちが次から次にと規則正しく経路を泳いで作業をしていく。魔法陣にはそれが映っていた。
今日のエンジニアは総勢60人あまり。続々と実行会議にジョインして来ている。最初の出欠確認は14時だったが、ここから緩やかに始まって、総勢60人あまりで天下分け目の戦いに挑むのだ。
魔法陣の中で、経路は次から次に作業後の状況に塗り替えられて行っていた。
勝ったか、負けたかが最初にわかるのは深夜1時頃。そこからトラブルシュートを行う時間は1時間半ほどしか猶予が無い。
朝の6時までには、世界を元通りにしておかなければならない。それをわたしたちは戦と呼ぶ。
今のところ、わたしが指揮する戦は負け知らずだった。わたしの正式な役職は華取火鳥(カトリカチョー)だ。緻密さと勝負強さはかなりのものだった。
12システムがそれぞれスパイラルで同時に天下分け目の関ヶ原に進軍し、全システムが戦いに勝って、徳川側の余韻に浸りつつ午前3時頃を通過するのが目的だ。
朝6時頃には、ほぼ誰も残っていない状況に閑散としている状況を目指し、全員が勝利の仮眠を貪ることを目標に今集まっていた。
ダイニングエリアに30万はくだらないダイニングテーブルに仕事机を置き、わたしは魔法陣を張っていた。
百戦錬磨のオペレーション部隊が集結してきている。今日、失敗してたまるか、皆そう思っている。
今日は日曜日。
月曜の朝に世界を元に戻し損ねたら、金融機関とインフラ基盤としては地獄の月曜の幕開けだ。当然、不眠不休のサドンレスの戦いを強いられる。
朝番がいるとはいえ、この規模のリハーサルだとスター選手は全て夜に集結していた。
夜、失敗せずに朝には世界を元に戻すことが最優先事項だからだ。
「これより、新システムへの切り替え作業を開始します。」
私は指揮官として、次々に淡々と作業実施を読み上げた。
東日本大震災が起きたとき、わたしは学生だった。あのときの組織のトップ陣は全て更迭させられた。人だけでく、動物も、わたしたちの仲間も大勢亡くなった。あの失敗から組織は大きく変わった。たゆまぬ訓練と、システム変更のたびにリハーサルを重んじ、陣頭指揮を率先して取れる人材を強く推し上げていく戦略に変えていた。
若くしてわたしがのし上がっている理由はそれだ。魔法陣と経路を見抜く目と分析力、実行力、リーダーとしての統率力をわたしは組織に押されていた。
ただ、ここにきてわたしの心をざわつかせることが起きていた。
支配者貧乏大魔神はやって来ていないが、私を二番手だと言い放った、あいつが私に近づいてきていた。
わたしを振ったあいつの魂胆は、私がやっぱり二番手だったと確信することだ。わたしは嫁として一番になれないものだったと確信したいがために近づいてくるのだ。
そうさせてたまるか。
ついでに、実家にご機嫌で居座る支配者大魔神とあいつを引き合わせてやろうと、私は密かに企んだ。
わたしを振ったあいつと支配者貧乏大魔神の組み合わせは、爽快感をわたしの心に吹き込んだ。想像がつかない組み合わせだが、両方へのちょっとした仕返しにはもってこいだ。
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