死神が消えない

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死神が消えない

 しかし顔を上げた私は動揺を隠せなかった。壁際の死神がまだそこに立っていたからだ。その場で固まっていた私に背後から声が掛かる。 「真理さん、良かったわね」  振り返ると安曇先生が笑顔で見つめている。私は気を取り直して安曇先生に向き直った。 「はい、サポートありがとうございます」  そう言いながら死神をチラリと見ると、彼がゆっくり口角を上げた。 「私、ちょっと電話する用事が出来たから一旦退室するわ。また後でお話させて」  安曇先生はそう言うと病室を出て行った。  そして後処理を終えた看護師達がナースステーションに戻ると、病室には私と陽毬ちゃん、そして死神だけになった。 「何でまだそこに居るの? 陽毬ちゃんは回復したでしょ?」  死神に向かって声を荒げた私の頭に彼の声が響いて来た。 (僕がここにまだ居る理由は分かっているんだろう?)  その言葉に私は固まった。そう今回の陽毬ちゃんのCPA(心肺停止)神経膠腫(グリオーマ)が呼吸や拍動を司る脳幹の視床下部へ更に浸潤した証拠だった。今日はROSC(心拍再開)出来たけど、神経膠腫(グリオーマ)を排除出来ない限り、陽毬ちゃんの命は風前の灯だ。でも手術では取り除けない場所に巣食う腫瘍。癌治療薬クォンタムしか治せないけど、治験の承認には追加の動物実験の結果を待ってまだ数カ月は掛かる見込みだ。 (十年前に君を連れていくことは出来なかったが、この()は大丈夫そうだな) 「待って。陽毬ちゃんを連れて行かないで」 (僕は運命に従うだけだ)
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