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奇行は相変わらずだったものの、みすずは無事大学を卒業し、就職した。どんな仕事に就くのかと期待していたのだが、中堅のアパレルだと聞いて、微妙にがっかりした俺にがっかりした。葬式で嘆き泣く仕事とか、人間案山子とか、ゴルフボールダイバーとか、そんな仕事だったらと期待していた。
俺もそこそこの会社に入り、そこそこ仕事をしていて、実家から会社に通っている。
そこそこの彼女と、そこそこの同僚にかこまれ、福利厚生でジムに通ったり、有機野菜が届いたりと、穏やかに生活している。時々聞こえるみすずの号泣がアクセントになっているが、いつもの事なので特に問題ない。
数年続いた平和は、今夜破られた。
タイミング悪く、親たちは連れ立って温泉ツアーに行っている。
Thank God, it’s Friday! と流暢に話す同僚を若干うざく感じながらも、金曜日の夜に酒を嗜むくらい、良いではないか。Why not?だ!
……英語は短文しか出てこないので海外勤務は避けられている。そこそこの彼女はそこそこじゃなく向上心が高かったので海外協力隊として今は違う空の下だ。
爽やかに見送ったら、爽やかにさようならされた。
このエールは、とか、芋より黒糖が、とか別に詳しくもない酒の話を上機嫌でして、そこそこに酔っ払って、ラーメンで〆て、ふわふわしながらシャワーを浴びて、あー、こりゃもうだめだ、ってベッドに倒れ込んだ、そこまでで視界はブラックアウトした。
すごく喉が渇いて目が覚めると、何やら股間が温かい……いや、暗闇で蠢く何かが俺を弄っている!
一瞬で覚醒したが、全く状況が分からない。恐怖で身が固まる。何かがうちの中に侵入してきた!
ヤバい、酔って鍵をかけ忘れたのか?
は、鍵!鍵どこだ?
鍵に付いている十徳ナイフの存在を思い出し、手を伸ばす。いつもの通りベッド横のサイドテーブルの上にあった。亡き彼女の忘形見、十徳ナイフLEDライト付き!
宇宙人だった場合の対応を考えながら、震える手で、割と広範囲をちゃんと照らすライトを点灯させた。
ぼうっと浮かび上がってきたのは、 俺の下半身を今、まさに口に含もうとしている、かの幼なじみ、みすずの泣き顔であった。こえーよ。
みすずは、例の如く、なんだかよく分からない事を閃いて実行しようとしていたらしい。女子会怖い。
「精液飲ませてください! ゆうちゃん以外に頼れる人がいないの」
本気で手を離せ。完全に萎えてるだろうが。
「そもそも、勝手に家に入ってくるな」
「ピンポン押したもん!」
「押して反応が無かったら入るのは空き巣の手口だ」
「鍵開いてたもん」
「警察に突き出したら、色々な罪状で捕まるな」
「……」
よーし、少し冷静になったな。
「でも、精液はだめですか?」
「他をあたってくれませんかねぇ」
少し大人しくなったみすずはようやく俺の急所を解放した。
「わたし、今、ベジタリアンで、動物のお肉とかたべられないの」
今度はそんなことを始めていたらしい。
「なかなか高尚なことだな。でも、お前唐揚げとか好きだったんじゃねぇの?」
「お麩とか、大豆ミートとかを唐揚げ粉をつけて揚げるとね、それっぽくなるってマリコちゃんが言ってた」
マリコちゃん。今度はマリコちゃんか。
「それで?」
「流石にベジタリアンが精液飲んだらいけないかと思ったけど、でも人を殺して飲むわけじゃないし、牛乳とかと一緒かなって」
ベジタリアンに対する冒涜だ。全ベジタリアンにあやまれ。
「すごいな、みすず、ロジカルに考えられるようになったんだな」
なんか根本的に間違ってるけど。
「乳製品は摂るベジタリアンもいるでしょ? 私それになろうと思う!」
「ちなみに、ベジタリアン始めて何日だ?」
「三日!」
それは最早ただの偏食だ。
「帰れ。そして誰か他を当たれ」
しかし今回は中々折れない。
へし折れろ。
「まって! ゆうちゃんじゃなきゃだめなの! あのね、グラスフェッドバターって知ってる? 良い草を食べた牛のミルクで作るバターだよ。変なもの食べてない牛のだから体にいいんだって」
「俺になんの関係があるんだ?」
「ゆうちゃん、毎週、有機野菜が届いているでしょ?!」
「ああ、会社の福利厚生でな」
「だからね、だからね! いい野菜食べてるゆうちゃんの精液なら、きっと体にもいいはずだと思ったのね!」
世の中の意識高い人々とグラスフェッドバター農家と牛たちに謝れ。
何より有機野菜もりもり食べてる俺に謝れ。
「とりあえず、喉渇いたから水飲んでくるわ。みすず、お前すげぇタバコ臭い。一回帰って風呂でも入って頭冷やせ」
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