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「あれ、指宿さんは?」
高梨製作所の事務所内で、ちよりは修二郎に問いかけた。
いつも賑やかで派手な男が居ないと、会社は妙にガランとしていて少し寂しい。元の状態に戻っただけの筈なのに、彼の存在はそれほど大きかったのだろうかと実感させられてしまう。
「千晃くんは今日休み」と言いながら、修二郎は自分宛に届いた封筒を開封し、確認している。
「休み?」
「そ。野暮用でな」
「野暮用?」とちよりは怪訝な顔をする。
「…まぁ、あいつも愛する者の為に走れる男ってことだよ。」
愛する者って。昨日私と間違えた"コナツ“と関係あったりするんだろうか。どうでもいいと思いつつ気にはなってしまう。というか、女絡みで仕事を放り出すとは社会人としてどうなんだろう。
チャラチャラしていても、仕事にだけは熱意のある人だと思っていたのに。なんだか全部がちよりの勝手に創り上げた指宿という幻想だったように思えた。勝手に創り上げて勝手に期待して、自分って馬鹿なんじゃないかと怒りの矛先が色々な方向に飛び交う。全く冷静ではない。こんなの、自分じゃない。
「ちよ」
事務所に入ってきた真山が、グランドキャニオンと並ぶほど深く眉間に皺を寄せたちよりの顔を見るなり声をかけてきた。
「ん?」
「なんか怒ってる?」
「怒ってないよ、別に。」
2人のやりとりを聞いていた修二郎が「千晃くんが居なくて拗ねてるだけ」と横から口を挟む。
「拗ねてない!勝手に関わってきたくせに勝手にほっぽり出して、無責任な人だなってイラついてるだけ。」
遂にちよりは苛立ちを隠すこともせずに真山にそう言った。
「ちより、お前さ…」
「なに?」
「あいつの事…あ、いや…」
「なんだよ、もう」
煮え切らない態度の真山の返事を待ちきれず、ちよりは手際よくキーボードを叩き、見積書の作成を始めた。
真山は(無自覚なのか…)と心の中で呟くと、言いたいことを己の中で一旦飲み込む事にした。
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