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「なにか不満かい?」
「僕が社長を連れて帰った方が良かったと思ったんで」
「なぁんだ、焼いてるのか」
「んー?いや、そうじゃなくて。効率の話です。真山さんにお願いするより今居候してる僕が連れて帰る方がスムーズじゃないですか」
「これは別に仕事じゃないんだ。連れて帰りたいやつが連れて帰ればいいんだよ」
きみこはウィスキーの瓶の蓋を開け、空いているグラスに注ぐと、氷も水も入れずにそのまま一気に飲み干した。
「僕、ヤキモチ焼くって感覚がよくわかんないんですよね。」
「あぁ、童貞だからね」
「いや、きみこさん…だからぁ」
「アタシに言わせりゃね、どんだけ女抱いてようが初恋の済んでない奴は童貞なんだよ」
3杯目の焼酎を指宿に手渡しながら、きみこはそう言った。
「あんた、本気で人を好きになったことないだろ」
「まぁ、正直よく分からないですね」
指宿はそう言いながら焼酎を一気に飲むと、机に付いた水滴をおしぼりでゴシゴシと拭った。
「女の子は好きだけど、替えが効かないくらいどうしようもなくその人が好きって気持ちには一回もなったことがないんですよねぇ。」
「ちよりのことは?婚約者って言ってたけど好きじゃないのか。」
「ちよりちゃんは…」と言うと、指宿の動きが止まった。
「変な子なんですよねぇ。初めは僕の顔見て照れてたから、押せば抱けるかなぁって思ってたけど、話してみたら塩対応だし、めちゃくちゃツッコんでくるし。僕女の子にツッコミとか入れられたの初めてなんですけど?って感じで。それにめちゃくちゃ怒るし、かと思ったら急にめちゃくちゃ可愛い顔で子供みたいに笑うし。ちよりちゃんといると僕の思い通りにならないことばっかりで疲れるんですよ。」
指宿はムスっと頬を膨らませた。
「あんたそれ…」
きみこは面食らった顔をして、指宿を見る。
「でもね。ちよりちゃんにはずっと笑ってて欲しいんです、僕。彼女の人生は家族のものでも家業のものでも浮気したクソ野郎のものでも誰のものでもなくて、ちよりちゃんだけのものなんですよ。だから、愛とか恋みたいな実態のないものに囚われてないで、ただただ自分だけを信じて肯定してて欲しいんですよね。」
指宿の言葉を聴きながら、きみこはフフっと微笑んだ。
「それで、自分に自信がついて揺るがないちよりちゃんになったら、思いっきり抱かせて欲しいなぁって」
きみこが次々と注いでいく濃いアルコールの数々に顔を真っ赤にしながら、指宿はへらへらと笑った。
「あんたソレ、ちよりにちゃんと言ってやんなよ」
「こんな顔のいい男がぁ、どんなに抱きたいって言ってもぉ、鬼のようにガード固いんですよぉ」
「いや、その前のさ」
「…あぁ…いや、それは…ちよりちゃんまだ余裕で傷ついてるから…今…言っても…説教というか…追い詰める…だけ…じゃないれすか…こ…んな状態で…言っれも…意味…ないれす…」
遂に酔いが回り朦朧とし始めた指宿は、答えながら狭いカウンターに長い腕をぐたっと伸ばして突っ伏してしまった。
「ほんと、生粋の童貞だよ。不器用だね、あんたもちよりも。」
きみこはそう呟くと、携帯電話を手に取り、何処かへ電話をかけた。
「あ、もしもし?アタシ。…うん、タクシー1台こっちに寄越しておくれ。」
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