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スナックきみこの店先に、ちよりを乗せたタクシーが乗り付けた。
「きみこさん、うちの人間が何から何まですみません。」ぺこぺこと何度も頭を下げて謝るちよりに、きみこは優しい笑みを浮かべた。
「何度も言わせないでくれ。うちの店に酔っ払いはいらないんだよ。早く連れて帰んな。」
ちよりはそう言われ、慌ててカウンターに突っ伏している指宿を揺すり起こす。
「指宿さん、起きてください!タクシー乗ってください!」
「…ちよりちゃん?ふふ…ふふふ」
すっかり酔い潰れている指宿とは、まともな会話にならない。観念したちよりは、指宿の腕を自身の肩に回すとふんぬと担ぎ上げようとするが、半分寝ている人間の体がそう簡単に持ち上がる訳もなく、彼女の顔は力んでどんどん赤く変化していった。
「まったく、世話が焼けるねぇ」そう言いながらカウンターから出てきたきみこは、指宿の反対側の肩を担ぐと「さ、行くよ」と言いタクシーを待たせてある店の外へと担ぎ出したのであった。
無事にちよりと指宿を乗せた車体はゆっくりと自動的にドアを閉じていく。
ちよりは窓を開けると、こちらを見下ろしているきみこに声をかけた。
「きみこさん、今日は本当にすみませんでした。今度は美羽と2人で来ます。」
きみこは「もう男どもは出禁で頼むよ」と笑いながら、急に真剣な顔になり、ちよりに向き直った。
「ちより、千晃は思ったよりも見込みのある童貞かもしれないね。」
言われた意味がいまいちわからずにキョトンとするちよりに、「わからなくていいよ。ただなんとなく覚えててくれればそれでいい。」とだけ言い、タクシーの運転手に車を出すように促した。
2人を乗せた車は、静かな道を家へと向けて走り出した。
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