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高梨家の指宿に充てられた部屋は、半年間という期間限定な事もあり、私物が入った大きめのボストンバックとちよりが用意した来客用の布団のみが置かれただけの殺風景な空間だった。
酔っ払った指宿をタクシーからこの部屋まで連れてくるのは、運び込むというよりは引き摺り込むに近かったかもしれない。
部屋の隅に畳んで置かれた布団を急いで伸ばすと、なんとかその場まで指宿を転がした。
部屋を出たちよりは、すぐに水の入ったコップを手に持って指宿の部屋に引き返してきた。
「指宿さ〜ん、ちょっとだけ起きれますか?お水だけ飲んでくれませんか〜?」
真っ赤な顔で布団に大の字になっている指宿を大きく揺さぶりながら、ちよりは声をかける。
指宿はう〜んと唸るだけで、中々こちらの呼びかけに反応してくれそうもない。
ちよりは観念してコップを床に置くと、掛け布団を手に取り、指宿の腹の上ぐらいまでにふわっと被せた。そしてこのまま寝かせておいてあげるかと立ちあがろうとしたその時だった。
「…待って」
ちよりは突然腕を引っ張られ、バランスを崩し指宿の上に倒れ込んだ。
「痛…びっくりした…」
急なことで動揺したが、なんとか改めて立ちあがろうとするも、その体を指宿にしっかりとホールドされていて身動きが取れない。
「も、ちょっと。指宿さん!離して!離してください!」
ジタバタと体を捩りながらその場から抜けようとするちよりを、馬鹿力は許さなかった。
「…行かないで」と言いながら、指宿はちよりの胸に顔を埋める。
「指宿さん、起きてるんですか?ちょっと落ち着いて。お水飲みましょう。」
尚も諦めずに呼びかけるちよりをお構いなしに指宿は自分のペースを貫いてくる。
「…今日はずっとここにいて。行かないでよ…」
そう言うと指宿はちよりの胸元にあった顔を上げ、少し充血してトロンとした目でちよりを見つめた。
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