4話 スナックきみこ

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指宿(いぶすき)さん、飲み過ぎです。朝まで寝ててください」と言いながら抵抗を続けるちよりの体力も、限界に近かった。この辺りでなんとかこの場から立ち去りたい。 「嫌だ。俺と居て。ずっと居て。」 子供のように駄々を捏ねる彼が少し可愛くて、ずっと抵抗を続けていたちよりの力も、徐々に抜けていくのがわかる。このままでは不味いのはよくわかっているけれど、どうしたものかなと考えたその時だった。 ちよりを抱きしめていた指宿の体がぐるんと反転し、いつの間にか組み敷かれている体勢に切り替わっていた。 視界が代わり突如目に入ってきた天井に驚いたが、逃げるならこの隙かと思い、ちよりは急いで指宿の腕をすり抜けようと試みるが、酔っ払いの力強さはそれを許さなかった。 指宿は組み敷いたちよりの顔に自身の顔を近づけると、耳元に唇を寄せた。 チュっという微かなリップ音がちよりの鼓膜に反芻する。 「ひゃっ」 柔らかい唇の、温かく微弱な刺激に声が漏れる。 「好き」 リップ音と重なるように、指宿から発せられる言葉にちよりは固まる。 そんな彼女にお構いなしに、指宿は執拗に唇を這わす。軽く口付けたかと思えば、柔らかく耳殻を啄み、唇で包み込む。 「好きだよ。好き。」 耳たぶを甘噛みされ、堪らずちよりから婀娜(あだ)っぽい声が漏れた。 指宿はそのまま唇で首元まで辿りながら、ちよりのトップスの裾に手を突っ込むと、直にその肌に触れた。ちよりは彼の腕を押さえながら必死に抵抗するが、びくとも動かない。 ゆるゆると脇腹のあたりを摩られ、恥ずかしさとこそばゆさでどうにかなってしまいそうだ。 「小夏(こなつ)…大好きだよ…」 "コナツ”という言葉が、ちよりの脳内で広がっていく。あぁ、彼は。酔っ払った意識の中、その人を思って今こうして私を捕まえているのか。と、どんどん心が冷えていくのを感じた。 ちよりは残りの力全てを振り絞り、指宿を突き放した。彼はごろんと仰向けに転がると、さっきまでの勢いも無くなり、そのままスヤスヤと気持ちよさそうに寝入ってしまった。 「全然見込みねぇじゃん。…きみこさんの嘘吐き」 乱れた髪と衣服をさっさと払うと、ちよりは吐き捨てるようにそう言って部屋を出た。
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