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5話 小夏
「おはよぉーちよりちゃん…頭痛ぁー」
台所で朝食の準備をするちよりの元へ、指宿が大きな欠伸をしながらやってきた。
いつもならしっかりと挨拶を返す場面だが、今日のちよりはどこか違う。
「…?おーい、ちよりさん?」
こちらを覗き込んでくる指宿を他所に、水の入ったコップと鎮痛剤を机に叩きつけるように無言で置いた。
「え、なんか怒ってます?」
顔が曇っていく指宿を無視して、フライパンから綺麗に焼けた目玉焼きを綺麗にヘラで剥がし皿に盛り付けていく。
嫌がる子に無理矢理する趣味はないと言っておきながら、酔った勢いで無理矢理迫ってきた上に、別の女と間違えてきたんで怒ってます!とは口が裂けても言えなかった。
無意識で名前を呼ぶくらいの相手がいるなら私に構わないで欲しかったし、少しは他の人より特別に扱ってもらえてるんじゃないかと勘違いしていた自分も恥ずかしかった。
深入りする前に気づけてよかったじゃないか。この男が高梨製作所を出て行くまでのあと少しの間、なるべく関わらずに過ごそう。そうしよう。
目玉焼きの横に千切りキャベツを高めに盛りながら、ちよりは指宿に向き合った。そして
「なんにもありませんよ」と張り付いた笑顔で指宿にそう答えた。
(え、絶対なんかある時の言い方じゃん…)と思いながら、指宿は鎮痛剤と水を一気に流し込んだ。
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