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「あの、こんな所で油売っててもいいんですか?」
ちよりはパソコンに商品の在庫をひたすら打ち込みながら、横でニコニコして見ている指宿に声をかけた。
一目でも彼の方を向いてしまうと、先ほどの突拍子もない自己紹介がエンドレスで脳内を占拠し、人目も憚らず発狂してしまいそうだったのだ。
「午前中は社長が他社さんの製品作りに集中するから午後に勉強させてもらうことになったんです。よその企業秘密見ちゃうのは流石にマズイですもんねぇ。だから今はちよりさんから勉強させてもらってます。」
そんな風に正論で返されてしまうと、早くここから離れてくれとはとても言えなくなってしまった。ちよりは黙々と作業を進めながら「あぁ、そうなんですか」と愛想なく返事をする他なかった。
「ちよりさん、僕が許嫁だって聞いてなかったんですか?」と言いながら、指宿は一歩前にぐいっと近寄ってくる。
「聞いてませんし、今もまだ聞こえてません。」
ちよりは相変わらずパソコンのモニターから目を逸らさずに淡々と返す。
「うちの祖父と高梨社長が勝手に決めちゃったんですよぉ。」
指宿は椅子の背もたれにもたれ掛かると、キャスターを器用に使いクルクルと回り始めた。
「だから聞いてませんし、了承してません。」
「今から了承する気は?」
「ないです。今時こんな結婚の仕方、あり得ないって言ってるんです。指宿さんは納得してるんですか?」
「まぁ、僕は。ちよりさんが断ってもまた別の人宛てがわれて結婚するだけなんで。」
指宿は椅子をちよりの向きで止めると、じぃっと見つめた。
「けど、どうせ結婚するならちよりさんがいいです」とニッコリ笑ってみせた。
「あの、私たち初対面ですよね?なんで私なんですか?」
「ちよりさん小っこくてかわいいし。小動物みたいで。」
「そんな人どこにでもいますよ」
「仕事も丁寧で真面目だし」
「今ちょっと見ただけで何がわかったんですか?」
「おっぱいも大き…」
台詞の続きを数文字残したところでちよりの自主規制咳払いを喰らい、観念したかのように指宿は話し始めた。
「んー、まぁ正直に言うと。僕、大前提で女の人が大好きなんですよ。常に新しい人と出会って交流してたいわけです。結婚してもそこは変わらないと思ってて…」
思わずちよりはパソコンから指宿に視線を移す。
「僕の結婚相手に選ばれる人って大体金持ちの家の人じゃないですか?で、金持ちの女の人ってプライド高いでしょ。プライドが高い女に浮気がバレたら面倒臭い。その点ちよりさんは僕に関心すらないし、丁度都合が良いんですよねぇ。」
と、あっけらかんと答えた。
あまりにも指宿が悪びれもせずにそう言ってのけるので、ちよりは呆然としてしまう。
「クズだ…本物のクズだ…」
「否定はしませんけど。でも安心してください!後生大事にはしますから」
「端から他所に女作る気満々なのに?」
「日本だって昔は一夫多妻で幸せに暮らしてたわけじゃないですか」
「あぁ、生まれる時代を間違えたんですね」
「いやいや、令和でも僕は輝いてますよ」
「知ってました?流れ星って星じゃなくて宇宙空間を漂ってる塵らしいですよ。」
指宿は一瞬ポカンとした顔をするが、ちよりの言葉の意味を察してハハハと嬉しそうに笑う。
「塵って僕のこと?ひっでぇ。女の子にこんなキツイこと言われたの初めてだぁ。ちよりさんって僕が出会って来た女たちと全然違いますね。俄然興味出たわ。おもろ〜」
「なんにも面白くないです。もう仕事の邪魔なんで源ちゃんのとこでも行ってください。」
指宿はえーと不満そうにしていたが、ちよりが目を疑う速さでキーボードをタイピングし始めたのを見て、渋々事務所を後にした。
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