6話 グイグイいけない指宿さん

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「ちよとなんかあったんすか」 ムスっとした顔で真山(まやま)が近づいてくる。指宿が作った部品を一つ拾い上げると、マジマジと眺めながら険しい顔をする。 「邪念、なんとかしないと仕事に出てますよ」 ご尤もな言葉に、何も返せない。 「でも、あんたが人間らしい顔してるの初めて見た。」 真山の方を見ると、にやっと不敵な笑みを浮かべている。 「僕も、真山さんの笑ってる顔初めて見ました。なんか怖えぇ。」 五月蝿えと言いながら、真山は部品を元の場所に戻した。 「儘ならない時になにやっても駄目っすよ。一旦頭冷やせば?」 そう言うと真山は近くにあった工具を手に取り、その場から立ち去った。 「儘ならない時ねぇ…」 歪な形に曲がった金属片を摘み、まじまじと眺めながら指宿はボソッと言葉を漏らした。 真山の言葉に、今自分が向き合うべき事について考える。自分は、仕事のスキルを上げに高梨製作所(ここ)に来た。そもそもちよりの事は、祖父が勝手に言い出した妄言だと思っていたから、半年間の暇つぶしとしては丁度いいかぐらいに考えて話に乗ってやったフリをしたまでだ。実際にちよりに会って話してみると中々面白い人物だったし、初めて彼女の笑った顔を見た時は懐かない猫を少し手懐けたような高揚感というか、一種の快楽みたいなものを感じたから、攻略するまでは仕事の邪魔にならない程度に彼女を揶揄って楽しむかと妙なスイッチが入ったことも確かだ。 でも本気にはならない。いつだってそうだったから。 女の人が好きだ。理由は至ってシンプル。柔らかくて、いい匂いがして、気持ちがいい。だから好きだ。でも、本気にはならない。相手も自分に本気になっていないのが分かるから。自分の容姿とか家柄とか、そういう表面的な事だけで見ているから。相手が俺の表面を求めるから、俺も相手の表面を求める。それで良かった。ギブアンドテイクだ。 ちよりの境遇を聞いた時はそれなりに同情もしたけれど、同時に自分には持ち合わせていない考え方をする彼女は理解し難いものがあった。恋愛如きで自己否定に走るのは馬鹿げているし、ましてやそんなくだらない事に何年も囚われているなんて異常だとすら思った。だから彼女に対して多少強引なことを続けていた。筈だった。でも、映画館でクソ野郎と対峙する彼女を見た日、何年もかけて自分の中で戦っている彼女の姿を見た。今にも壊れそうな顔をして、それでも1人で戦っている彼女を見て、思わず抱きしめたくなった。グズグズになるまで抱き潰して、全部忘れさせてやりたくなった。全部忘れてただ笑っててくれないかなぁって。まぁ、あっさり拒否されたけど。だからこっそり寝室に忍び込んで抱きしめたけど。起きたら普通に全力で拒否されるし。他の女ならたぶんあの場でヤれてたし、なんなら俺に依存してる。でも彼女は俺を受け入れない。拒絶して、頑なにテリトリーに入れさせない。そのくせ男友達みたいに軽口を叩いて。ちょっと気持ちいい方に流されそうになってみたり、また突き放してみたり。挙げ句の果てに昨日は嫉妬して見せたり、鎌かけてわざと距離取ってやろうとして引いてみたら焦ってキスしてきて?顔真っ赤にして今はこれが精一杯って?なんでそんな勝手で可愛いことするかなぁ。そっちから来るとは思わないじゃん。調子狂うだろ…。 おい、俺さぁ。本気にならないんじゃなかったのかよ。仕事の間の暇つぶしじゃなかったのかよ。たった1人の女に、高梨ちよりに。どんだけ振り回されてんだよ。いつの間にミイラ取りがミイラになってんだよ。
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