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スナックきみこでは、腕組みをしたきみこと、椅子に座り萎縮した指宿が蛇に睨まれた蛙の構図で対峙している。
「何の用だい、童貞。この前ちよりには酔っ払いは連れて来るなって言った筈だよ。」
「いやぁ、この前の無礼を謝りたく…」
「謝る必要はないよ。そのかわりボトルおろしな」
きみこはぐいっと親指で棚に置いてあるボトルを指差した。
指宿は首を垂れながら「店で一番高いやつ、お願いします」とぼそぼそ言った。
きみこは鼻歌を歌いながら「毎日おいで」と笑顔でボトルを手に取る。
「で、何の用だい」
お通しの切り干し大根を指宿の前に置くと、きみこは本質に切り込んだ。
「俺、今ちよりちゃんから逃げてるんです」
「なんで?」
コップに氷を入れウイスキーを注ぎ込むと、それを指宿に差し出す。
「昨日、ちよりちゃんにキスされて…それからちよりちゃんを見るとどうしていいかわからなくなって、逃げてます。」
指宿はウイスキーのコップを受け取ろうとするが、きみこは差し出した手を引っ込め、大笑いし始めた。
「あ、あんた…それじゃ、ほんと…本当に童貞じゃないか…!ひゃっ、はっはっ、ははは…!」
きみこが涙を拭いながら笑うものだから、指宿はムスっとしながら、お通しの切り干し大根を無言で食べ始める。
「あんた言ってたじゃないか。ちよりに笑ってて欲しいんだろ?今のあんたの態度じゃ、あの子にはそんな思い微塵も伝わんないよ。」
「え、僕きみこさんにそんな事言ったんですか?」
「言ったよ。アタシがそんな面白い話聞き逃すはずないだろ。」
きみこの言葉に指宿は項垂れながらも、観念したかのように話を続ける。
「…わかってます。でもわかんないんです。」
どっちだよ、と思わず突っ込むきみこに、指宿は今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
「初めてで、わかんない。俺、まじで童貞じゃん…」
「だからずっと言ってるじゃないか。なぁ、童貞。今夜は呑まずに帰んな。で、ちよりと向き合いな。」
指宿はコクリと頷くと、ご馳走様でしたと手を合わせて帰路への身支度を整え始めた。
「おい千晃、これ持っていきな。私からのお土産だよ。」
指宿はきみこから手渡された物を見て一瞬固まったが、苦笑いを浮かべながら「どうも」と言って会釈した。
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