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時刻は15:00になろうかという頃だった。
事務所に一本の電話が鳴る。
「はい、高梨製作所でございます。…いつもお世話になっております。はい、はい…。承知致しました。では一度確認致しまして、本日中にお届け出来るように致します。失礼致します。」
電話を切ると、ちよりは祖父のいる工場の方へと足早に向かった。
「おじいちゃーん」
機械の前で何やら真剣に話をしている祖父と指宿に近づいていく。
さっきまであんなにヘラヘラしていた指宿の真剣な表情に、一瞬ドキリとした。
祖父の言うとおり、仕事の面では優秀なのだろうなと実感させられる。
「おじいちゃん、今中村金属さんから電話があって…」
「あ、すっかり忘れてた。試作品今日持っていくって話だったか。」
「そうそう。今日何時頃いらっしゃいますか?って」
「ちより悪い。今から代わりに届けに行ってくれるか?」
「うん、わかった。」
「これ、営業部の林田さんに渡して。それ渡したら今日は上がりでいいから」
ちよりは祖父から小袋に入った商品サンプルをいくつか受け取ると大事に鞄の中へしまい、慌てて出掛ける準備をした。
「ちよ、俺代わりに行こうか?」と真山に声をかけられたが、今日は来客予定もないので平気だと伝えると、気をつけてなとだけ返事が返ってきた。
社内用の楽なスリッパから外出用の革靴に急いで履き替える。
「いってらっしゃい」
声のする方を振り返ると、笑顔の指宿がひらひらとこちらに手を振っているのが見える。その姿だけを見ると、桃源郷の景色というのはこんな感じで美麗さと柔らかさを纏っているのかな、なんて思ってしまう。いかんいかん、あの軽薄な男に何を絆されてるんだと自戒して我に帰る。
「…いってきます」とちよりはぶっきらぼうにそう言うと、競歩のような歩き方で会社を後にした。
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