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食べ終わった食器を台所のシンクに運び、食器洗い用のスポンジを手に取った時だった。
「ご馳走様でした。僕、洗います。」
耳元で低い声が響いたので、ちよりは思わずバッと耳を塞ぎながら振り向いてしまう。
そこには背後まで近付いていた指宿が腕まくりをしながら待機していた。
「お粗末様でした」と洗い物に向き合いながら
「お客様にそんなことはさせられません」とスポンジに洗剤を垂らし、クシュクシュと揉み込む。
「お客さんじゃありません。今日から住人です」と食い下がる指宿に「半年間だけです。させられません。」と必死に抵抗したちよりが、皿を一枚掴もうとした時だった。
唐突に、スポンジを持った方の手首を指宿に掴まれた。
「ご飯のお礼、させて?」
そう言うと指宿は、じっとこちらの目を覗き込んだ。何秒ほど、そうしていただろうか。
あと数秒見つめ合えば、その澄んだ瞳に確実に吸い込まれていたと思う。
「今日は!初日で!疲れたと思うので!本当に大丈夫です!…お風呂、お先にどうぞ。場所とかはおじいちゃんに聞いてください」
真っ赤になる顔を隠しながら、ちよりはそう言うので精一杯だった。
指宿は彼女の手首を掴んだ自身の手を緩めると、ゆっくりと丁寧にちよりのシャツの袖を捲っていく。
「…一緒に入りますか?」
悪戯っぽく微笑む指宿に
「この泡、目に入れるとめちゃくちゃ痛いと思うんですよね」
と言いながら、ちよりは泡立ったスポンジを指宿の方へと向けた。
指宿はクックと笑うと「お風呂いただきます」
と言いながら台所から出ていった。
1人残された台所で、痛いぐらいに波打つ心臓の鼓動が彼に気づかれていやしないかと、そればかりが気になって仕方がなかった。
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