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諒国は、邦土太平にして人心穏やか、加えて実り豊かな国であった。
ここ数代の帝が、善政を敷き国を富ませた上、隣国との国境に戦雲が渦巻くこともなかったため、諒国は長らく安寧と発展を享受し続けていた。
盤石とも言われるこの国に君臨する、当代の帝の心に唯一暗影を落としていたのは、いずれ諒国を統べることになるであろう、東宮のことであった。
帝には妃は一人しかいなかったが、二人の皇女と六人の皇子に恵まれた。
この時代の幼子は、ちょっとしたことで命の灯火を手放してしまうものだった。皇女や皇子とて例外ではなく、一度高い熱を出せば、体を冷やそうが薬湯を飲ませようが、死神の手から魂を守ってやることは容易ではなかった。
二人の皇女は、無事に成人するまで生き延びたが、五人の皇子は、流行病や何やらで、十になるまでに次々と落命してしまった。
残された皇子は、第六皇子ただ一人となった。
「何としても東宮を守り、無事に成人させるのだ。東宮を失えば、必ずや次の帝位を巡る争いが起き、諒国の平和は失われるであろう。東宮こそ、諒国最後の希望の光なのだ!」
第六皇子を東宮とする立太子の儀式の席で、帝は力を込めて家臣たちに訴えた。
家臣たちは深く叩頭し、己の立場で何ができるかを真剣に考えた。
東宮の身近に仕える女官は、幼い東宮を片時もひとりにすることなく付き添い、健やかな成長を見守ることを誓った。宮殿の厨で働く者達は、東宮が食しやすく滋養がある食材を求め、国中に人を送り出した。東宮がつかう衣服や寝具に関わる者たちは、染め師、織り手、縫い子を叱咤し、極上の着心地・寝心地の品を作らせようと努めた。
東宮は、御年五歳であった。
大人たちは、東宮を守ろうと必死であったが、何でも自分でやりたい年頃の東宮は、しつこく面倒を見ようとする大人たちを煙たがった。
「手はつながぬ! ひとりで歩ける!」
「匙で食べるものばかりでなく、箸で食べるものも出せ!」
「このようにたくさん着ていては動けぬ! 上着などいらぬ!」
こうして東宮は、濡れた石の上をひとりで走って転び、肉の切れ端を頬張って喉を詰まらせ、冷たい風の吹く日に薄着で遊んで寝込んだ。
そのたびに、全ての家臣が慌てふためき、責任を負わされた者が宮殿を去り、あらたに東宮の世話をやくことになった者が宮殿に集められた。
それでも家臣たちは、少しずつ他者の気持ちがわかるようになった東宮から、「相済まぬ!」とか「大儀!」とかいう言葉が、ぽろっと飛び出すのを励みに懸命に仕えていた。
そして、東宮となって初めての新年を迎えるため、さまざまな準備が進められていた弟月のある朝、東宮は、眉間にしわを寄せ、久しぶりに我が儘を言った――。
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