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数年前からは、学問も武術も、後宮を出て宮殿の表へ行き、男の指南役から教わるようになっていた。一人前の男として扱われることは誇らしくもあったが、慣れ親しんだ女官たちと離れることは寂しくもあった。
東宮は、気づかぬうちに、様々な出会いと別離を繰り返していたのだった。
フジナとの別れも、その一つに過ぎない。しかし――。
その晩、東宮は十年ぶりに高い熱を出し、正月だというのに床についてしまった。
宮殿は、上を下への大騒ぎとなった。
誰もが、これまで健やかな成長を続けてきた東宮が、どうしてこんなことになったのかと惑乱し、居ても立ってもいられぬ気持ちになっていた。
帝は、すぐに典薬寮から医師と内薬司を呼び寄せた。
二人は、宮殿の表の一室に寝かされた東宮の様子を診た。
医師は、原因はわからぬが、動悸が激しく熱も高いので、それらを鎮める薬を処方するように内薬司に命じた。すると内薬司は、悩ましげな顔になって言った。
「すぐにも、薬は処方いたします。ですが、それは、たいそう苦く不味い薬湯となりましょう。大の薬嫌いの皇子が、はたして飲んでくださるでしょうか?」
「おおっ!!」
内薬司の言葉を聞き、帝も医師も悲痛な声を上げた。屠蘇ですら嫌がり、帝のために飲むのだと理由をつけたり、我が儘を言わぬようにフジナをつかわしたりして、ようやく飲ませることができていたのだ。
屠蘇以上に苦く不味い薬湯を、東宮が素直に口にするとは思えなかった。
すると内薬司が、明るい声で叫んだ。
「そうだ! 処方した薬をフジナに持たせましょう! 十年間、皇子に屠蘇を飲ませ続けることができたフジナなら、薬湯を飲ませる秘訣を心得ておるかもしれません!」
「おおっ!!」
帝も医師も大きくうなずき、後宮の薬司所に控えているフジナを呼んでくるように女官に命じた。内薬司は、薬を処方するために典薬寮へ戻っていった。帝と医師は、苦しげに目を閉じた東宮の枕元に座り、ことの成り行きを見守ることにした。
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