薬の女官

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 しばらくすると、煎じた薬湯を入れた茶碗を盆に載せ、内薬司がやって来た。後ろには、心配そうな顔をしたフジナが立っていた。内薬司は、フジナに何やら耳打ちし盆を手渡した。そして、帝と医師を連れて外へ出て行った。  部屋の中には、東宮とフジナだけが残った。 「皇子さま、皇子さま、フジナでございます。薬湯をお持ちいたしましたよ。これをお飲みになれば、熱もすぐに下がります」 「飲まぬ! 薬を飲んで病を治したところで、来年はフジナに会えぬのだろう? もう、生きていく張り合いはなくなった……。父上や母上や臣民には申し訳ないが、わたしは、このまま命を終えることにする……」  ふて腐れたように小さな声でそう言って、上掛けをかぶろうとした東宮の耳元へ、フジナが優しくささやいた。 「皇子さま、もし、この薬湯を飲んで病が癒えれば、わたくしは皇子さまをお救いした薬司として、生涯皇子さまのおそばにいられるかもしれません。それでも、飲んではくださいませんか?」 「えっ!?」  フジナのささやきを聞いた東宮は、上掛けをずらしゆっくり顔をのぞかせた。そして、フジナに支えられながら身を起こすと、薬湯で満たされた湯飲みを受け取り、あっという間に飲み干した。  その後、東宮は、薬湯のあまりの苦さと不味さに、気を失うようにして倒れてしまったが、やがて静かに寝息を立てながら、笑みを浮かべて眠りについた。  フジナは、愛しいものを慈しむ女の眼差しで、東宮の寝顔を優しく見つめていた。  *  その年の春、東宮は成人の儀式をすませ、宮殿に居室を与えられた。  そして、時を置かず一つ年上の愛らしい妃を迎えた。妃は低い身分の出であったが不思議な薬司の才の持ち主で、その後長く帝や一族の健康を支えたという。  二人は、たくさんの子に恵まれ、諒国は長く繁栄を続けたと言われるが、なにぶん昔のことゆえ、どこまでが真実であるのか定かではない。  これが、「生きがい」という妙薬を東宮に施した、「薬の女官」の物語のすべてである。
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