白無垢の呪恋唄

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 夜闇と言ってもあまりにも深い暗闇の中だった。行燈(あんどん)の光はおろか、火皿すらない。明滅する星々の明かりも照らす月の光さえも何もかもが一切存在しない常闇が辺り一面を支配していた。  感じられるものと言えば、どこかから漂ってくる生温い風に鼻孔を覆わんとするばかりの強い腐臭、それに混じり時折微かに漂う錆びた鉄の臭いだけだった。――いや、そしてもう一つ間隔を置いて垂れる何かの音。  真の暗闇の中では感覚は狂うばかり。何秒、何分、何時間――どれだけ時間が経ったのか、指の先さえ見えない真っ暗闇の中で時間の感覚はとうに忘れられている。果たして(まぶた)が開いているのか、それとも閉じているのかすらわからない永久の牢獄。外界から切り取られたような異界の中で、女はひたすらに、ただひたすらに没頭していた。  女。確かに女だと言えた。汗と脂に湧いてくる蟲の死骸がこびりついた髪の毛は顔を覆い尽くすほどで、泥と血に(まみ)れた肌には隙間がないほどに蟲が群がっていた。ただ唯一、羽織る衣服だけは穢れとは無縁で、生を押し潰そうとするほどの暗闇の中でも眩いほどの白い光沢を纏っていた。  女は、何も発しなかった。言葉だけではなく声すらも。ただひたすらに(こうべ)を垂れ正座をし、微動だに一つしなかった。何も発しないその代わりに一念、また一念、と。ひたすらに願う。  どこかから何かが垂れ落ちる音が聞こえる。水溜りに一粒の雨が落ちるようなその音がした瞬間。すかさず女の指が動いた。蟲のように俊敏に、蟲のように異形に。指は暗闇の中をなぞり、何度も何度も擦り付ける。  女の指先はすでに失われていた。爪はそれがあった部位ごとごっそりとなくなり、剥き出しのまま。そして、何度も何度も擦り付ける。  やがてまた女は動きを止める。痙攣が止まったかのように再び正座をし、闇の中で頭を垂れる。  女はひたすらに願っていた。願いを(したた)めていた。言葉すらも声すらも吸収する墨色の(かご)のなかで、ひたすらに願っていた。  ――永久に先君をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても    
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