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 一番暑い真昼の時間帯を過ぎても、外の日差しはまだまだ力強い。  遠くから聞こえる蝉の声。恐らく庭の木で鳴いているものと思われるが、この家の窓は厚いため、そんなふうに聞こえるのだ。  蝉の声を聞いたのは五年ぶりかもしれない。  少々ノスタルジックな感慨を抱きながら、あまり本来の用途で使われたことのない居間で洗濯物をたたんでいた湊は、不意に視線を感じて顔を上げた。  見れば、庭に面したガラス戸の前に、柄の悪い男が二人立っているではないか。  目が合うと、彼らは揃ってぺこっと頭を下げた。  二人は、もちろん不法侵入者などではない。ヤスとフクという松平組の若者である。  喧嘩ばかりしている割にはいつも一緒にいる二人から、何やら楽しそうに手招きされて、湊は作業を中断すると立ち上がってガラス戸を開けた。 「湊さん、お疲れさんっす。すいません、手を止めさせちまって」 「ううん、大丈夫です。それより、どうかしたんですか?」 「や、耳よりな話があるんですよ。湊さん、今日は祭りがあるって知ってますか?」 「おまつり?」 「ええ、近所の神社の境内で。俺ら毎年手伝いに駆り出されるんです」 「テキヤも昨今は随分と減っちまいましたけど、それでもあそこのは他と比べりゃなかなかの規模で、境内から中町まで、屋台がずらっと並ぶんすよ!」 「へ~、楽しそう。俺、お祭りって行ったことないかも」  一人でいることの多かった子供時代を思い出しながら言うと、ええ!?と驚かれる。 「それならもう、俺達が隅々まで案内しますよ!」 「そうそう、今夜は、いつも忙しい代貸は置いて俺達と」 「楽しそうな話をしてるじゃねえか」  いつの間に戻ってきたのか、背後から竜次郎の声が聞こえて、湊はぱっと振り返った。  戸口からゆっくりとこちらの方へ歩いてくる竜次郎は、見たこともないようなニコニコ顔だが、目が笑っていない。  その背中から噴き溢れる瘴気に二人は凍りつき、途端に慌て始めた。 「あっ……、あぁ~ちょうどよかった!今声かけようと思ってたんすよ~!」 「さっすが代貸!ナイスタイミング!」 「『忙しい代貸は置いて俺達と』?その続きを、俺にも聞かせてくれよ」 「や、やだな~、誰もそんなこと言ってないですって!空耳空耳」 「あっ、湊さんに浴衣用意しましたんで、それ着てお二人で祭りを存分に楽しんできてくださいね!それじゃ!」  手に持っていた紙袋をおもむろに湊に押し付けると、二人は風のように去っていった。  竜次郎は二人の去って行った方を剣呑な目つきで見遣りながら、奴ら逃げ足が早くなりやがったなとブツブツ言っている。  湊はガラス戸を閉め、気を逸らすようにその袖をちょんと引いた。 「竜次郎、お祭りだって」 「あ?ああ…、近所の神社でな。親父の昔馴染みのテキヤが仕切ってんだよ」 「親分さんの…。じゃあ、竜次郎もお手伝いするの?」  いや、と首を振った竜次郎は、ニヤリと笑って湊の腰を抱き寄せた。 「俺には、お前をエスコートするって大事な役目があるからな」 「人手が必要なら、俺も一緒に手伝うけど…」 「お前は今回は祭りを楽しむのが仕事なんだよ」  抱きしめるようにして、ぐりぐりと頭を撫でられる。  それでいいのだろうか。  竜次郎は組のことより湊を構うことを優先しがちなので心配だ。  とはいえテキヤ側も、毎年手伝っている松平組の人間ならともかく、何も知らない部外者が突然やってきても困るのかもしれない。 「つーか、なんなんだあいつらは。俺が先に誘おうと思ってたのに。勝手にこんな浴衣まで用意しやがって…」  湊が考え込んでいる間に、竜次郎はフクとヤスへの怒りを思い出してしまったらしい。  やけに密着してくるのは、先を越されて悔しかったからだろうか。  順番など関係なく、竜次郎が誘ってくれるのが湊には一番嬉しいのだが。 「二人は、俺が浴衣を持ってないから、用意してくれたんじゃないかな。お祭りのドレスコード的な?」 「いや、祭りにドレスコードはねえだろ」  舞踏会じゃねえんだ、と脱力した竜次郎は、次いでじっと湊を見た。 「…んで?お前は祭りに、行きたい、でいいのか?」  もちろん、と湊は大きく頷く。 「俺、竜次郎と一緒にお祭り行きたい」
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