ふたりの天使の絵

3/12
前へ
/12ページ
次へ
 パリに着いたピエールはモンマルトルに安いアパルトマンをみつけると、すぐに仕事を探した。何件か求人をあたっているうちに、たくさんの飲み屋や料理屋にお酒を販売している、モンマルトルの小さな商店が使ってくれることになった。  この商店を経営している夫婦はとても仲がよく、親切で愛想も良かったので、とても感じがいいと町で評判だ。ピエールの仕事は商店の黄色い小型のトラックにお酒を積んで、お得意先に配達と注文を聞いて回る仕事だ。単純な軽作業だったが、ピエールは仕事の呑み込みがはやく、休まずよく働くので、商店の夫婦からすぐに気に入られ、しばらくその商店で働くことになった。  物語を書くことが好きなピエールは、仕事の合間にも物語を書いて、いつも魂からこみ上げてくる、天使は存在し魂の伴侶は必ずいる、という想いを物語に表現していた。そんな魂の想いをピエールは天使の物語として書き続け、まるで魂の伴侶に呼びかけるように新聞や雑誌に投稿した。  こうして地上に降りた二人の天使、ピエールとアネット、まだ出会いこそしていなかったが、パリでお互いの存在を魂が確かに感じあっていた。  それから3年が過ぎた。  ピエールは相変わらずお酒の配達と注文取りの仕事をしながら生計を立てていて、春先のある日、ピエールがお得意先のピガールのバーに、お酒の配達をしにいくと、珍しくその日は、まだ午前中だというのに、お店の中に従業員らしい女の人がいた。女はピエールに気がつくとヒールの音を小刻みにたてながらやってきた。 「お酒屋さんね。お酒ならカウンターの裏の冷蔵庫の近くにおいて!」  ピエールは女の言い方があまりにもきつかったので、あわてて持ってきたケースを指示された場所に置いた。  すると女がピエールに話しかけてきた。 「どこかで会ったことがある顔ね! ずっとパリに住んでいるの?」 「いえ初めてお会いします。パリには3年前に来ました。それまではエクス・プロバンスです」  ピエールは何故かこの女をとても苦手に感じ、はやくお店から立ち去りたいと思った。「エクス・プロバンスからきたの? じゃあたしの気のせいか。でも3年前よね……」  女はピエールから苦手に思われていると察したのか態度をやわらげ、 「いつもありがとね。今日はお店で貸しきりのパーティーがあるの。それで早めにきているのよ。」と、優しくいいながらタバコを取り出し、濃い深紅の口紅をした唇にくわえると、ライターで火をつけて美味しそうに吸いはじめた。 「あたしはマリナ。この店でチーフをしているの。たまにカード占いもするのよ」 そういいながらマリナはカウンターの中にはいると、くわえ煙草のまま話し続け、ピエールがもってきたお酒をガラスケースの中に並べはじめた。 「ピエールといいます。カード占いもされるのですか?」  ピエールは、いったあと(しまった!)と思ったがマリナの反応は素早く、マリナはお酒を並べる手をとめると、ここぞとばかりに話しはじめた。 「あたしのタロット当たるって評判だから。あんたの未来占ってあげるわ!」  マリナはピエールが断るよりも早く、近くの引き出しからタロットカードをとりだすと、カウンターの上でシャッフルをはじめた。 「マリナさん僕は急いでいるので占いはしなくていいですよ。また次回おねがいします」 そう言ってピエールはマリナにカードをやめてもらおうとしたが、何を言ってもマリナは聞き入れない。  真剣にカードをシャッフルするマリナ。  しばらくして、「まって、すぐに結果が出るから……」と返事が返ってきた。  初対面なのにマリナはなぜかとてもピエールのことが気になった。それだけにカードをシャッフルする手にも力が入る。マリナもまた天国での記憶は消えていたが、魂には天国でのことが刻み込まれていた。  魂に疼くなにかを感じながらマリナはシャッフルを続けた。  シャッフルが終わると、よくカードをカットしてテーブルの上に展開するマリナ。  みるみるうちに十字と右縦一列に並べられたカードを、彼女は真剣な眼差しで見詰めながら鑑定を始めた。 「ピエール、あなたは今年12月に絵描きの若い女に出会うけど、その女は貴方を不幸にする悪魔の縁が出ているわ。その女には絶対に近づいてはだめ。あなたを幸せにする天使の縁は来年3月に出会う女よ。それから……」 ピエールはマリナの話をほとんど聞き流していたが、12月に出会う女性は不幸になるというところだけ記憶に残ってしまった。 「マリナさんありがとうございます。12月の出会いには注意します」  そう言うとピエールは足早にマリナのお店を出て、運転してきた小型の黄色いトラックに乗り込み、すぐに次の配達先へと向かっった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加