ふたりの天使の絵

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 アネットが父親に呼びかけても、少し片目を開いてすぐに閉じてしまった。アネットは自分がそばにいることを伝えたくて父親の手を握った。すると父親の手が死んだように冷たくなっていた。びっくりしたアネットは、父親の手を温めようと両手で懸命に擦った。苦しそうに息をする父親をみながらアネットは、握った手を一生懸命擦り続けると、やがて父親の手は彼女の手と同じくらい温もってきた。アネットがすこし休もうとして、そっと手を離しかけると、力のない力で手を握り返してきた。父親は声をだせないけど、まだかすかに意識があることがわかった。父親が心細がっていると感じたアネットは、そのまま手を離さずにずっとそばについていてあげた。  横向きになって背中を丸め苦しそうに息をするアネットの父親、脈拍は弱り続け、時間とともに呼吸はこきざみになっていく。  アネットは父親のそばを片時も離れず奇跡を祈り続けた。  時計の針が午前零時をまわったころ父親の手から力が抜けていくのが感じられ、ハッとしてアネットが父親の顔をみると、そこには長かった苦しみから解放されて静かに眠る父親の安らかな寝顔があった。  アネットにとって父親はたった一人の理解者。再婚もせずにアネットを愛情深く育て、フランスに留学する時、反対する祖父母を説得してくれたのも父親だった。  アネットは葬儀が終わると父親の言葉どおり、すぐにフランスにもどった。美術学校を卒業して画家になることが父親へのいちばんの孝行になると思ったから。  フランスに戻ってからのアネットは友達の前では普通に振舞っていたが、父親を失った精神的なショックは大きく、心のバランスを失っていた。  気晴らしにショッピングにでかけたときでも、街を歩きながらでも、どんなときでも、突然涙がこぼれ、いちど涙がこぼれはじめると、とめどなく流れ落ちる。  そんなアネットを心配した親友のサラが、気晴らしにアネットの探す魂の伴侶にいつ出会えるのか占ってもらおうと提案した。  サラは、アネットがいつも話す魂の伴侶のことを信じてくれている唯一の理解者だ。 「パリに、最近よく当たるって評判の、占い師がいるのよ。カードリーディングで未来を見通せるって、今すごい人気なの」 「そんなによく当たるの……あまり気がすすまないわ……恐い結果がでるかもしれないし……」 「大丈夫よ。じつはあたしその占い師のお店にいったことあるの。マリナって女性だけど、魔法使いのような怖いお婆さんが出てくると思っていたら、若くてすごい美人だったからびっくりしたわ。しかも優しくて感じがいいの。タロットと天使のカードを使うから恐い結果はでないよ。すべて前向きなアドバイスをくれるの」 「天使のカードって本屋で見たことあるわ。すごく可愛くて綺麗なカードよね」 「どう? 行ってみない? アネットの魂の伴侶さん案外近くにいるかもよ」  アネットは気がすすまなかったけれど、サラがあまりにも熱心に言うので、一度ぐらいならと、マリナのお店に行くことにした。  マリナのお店はパリ12区のベルシー・ヴィラージュというショッピングモールの中にあった。昔ここはワインの倉庫街だったところで、ブティックやレストランが入るお店は、煉瓦造りのワイン倉庫をそのまま活用したお洒落なお店ばかり。  マリナのお店も天使のカードや天使の絵、置物、アクセサリー、本など、天使に関する品物を数多く揃え、占いのお店というよりはまるでブティックのように綺麗で可愛いお店だった。  アネットとサラがお店の入り口を入ると、天使のような衣装を着た可愛らしい女性スタッフが、笑顔で出迎えてくれた。  二人はカウンターで受付をすませ、マリナが待つ奥の鑑定ルームに向かうと、そこには黒いクロスをしいた大きな丸いテーブルをはさんでマリナがいた。  ほのかなウェーブの長い黒髪、紫色の瞳、黒いドレスにまばゆいばかりのアクセサリー、透き通るほど白くて華奢な首にはゴールドのヘビのネックレスが輝き……マリナはとても占い師には思えないほど若くて美しい見えた。  アネットはマリナの正面の席に座るようサラに促されたので、仕方なくその席に座ると、サラがその隣の席にすぐに腰かけた。  アネットが硬い表情でマリナに向き合うと、マリナは「今日はおこし下さってありがとうございます。さ、もっとリラックスしてくださいね」そう言って微笑みました。  アネットはなぜか落ち着かない。  この正面にいるマリナという女性に本能的に危険なものを感じたから。  マリナもまたアネットにいいようのない不愉快さを感じていた。  マリナが「今日はどんなことを占いますか?」 と質問したが、アネットはうつむいたままなかなか返事をしない。
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