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アネットがマスターに天使の絵を描いたスケッチブックをみせると、そこにはたくさんの可愛らしい天使の絵が描かれていて、もちろんそのなかに二人の天使の絵のデッサンもあった。
マスターは無言でアネットのスケッチブックの絵をみていたが、しばらくして、
「絵をみてこんなに心地よい気持ちになれたのは久しぶりです。ありがとうございます……」
マスターはアネットの絵をいっぺんで気に入り、お店の一番目立つところに二人の天使の絵を飾ることを快く引き受けてくれた。
アネットは必ずピエールから連絡があると信じた。
「神様のお導きがあったから必ず彼に会えるはず。わたしが瞑想中に感じたことを彼も同じように感じているはずだわ……」
アネットは二人の運命を信じてピエールからの連絡を待つことにした。
いっぽう、マリナはそのころ恋人にパトロンのことがばれ、パトロンにも恋人のことがばれていた。恋人はマリナの元を去り、パトロンは激怒してマリナを援助することをやめてしまった。マリナは恋人とパトロンという精神的、経済的後ろ盾をいっぺんに失ってしまったのだ。恋人とパトロンを失っても、かろうじて占いのお店を守っていたマリナだったが、お客のあいだで占いが当たらないという噂が広まり、それまで予約でぎっしりだった予定表もだんだんと予定が埋まらない日がでてきた。そしてとうとう最後にはまったく客足が途絶えてしまったのだ。お店の家賃さえ支払えなくなったマリナはやむなく占いの店をたたむと、もといたバーに臨時で雇ってもらうことになった。
マリナの不運はさらに続いた。マリナはある晩、仕事先のバーで同僚の女の子達と悪ふざけして飲みすぎた。そのとき足をすべらせ、転んだ拍子にガラステーブルに顔をぶつけた。顔が血まみれになるほどの大怪我をしたマリナは、すぐに病院で手当てを受けたが、額には縦長の醜い傷が残ってしまった。もうマリナに昔のような面影はなく、額に残った醜い傷、お酒と安定剤の飲みすぎで肌は荒れてしみだらけになり、とても20代とは思えないほど老けてみえた。欲と嫉妬にまみれ多くの人を傷つけ、多くの人の愛や夢を奪ってきたマリナ。特別な霊感を神様から与えられていたのに、神様の愛に気づくこともなく、彼女はその能力を人のために役立てようとはしなかった。それらすべてがカルマとなって、マリナにかえってきた。ある日、仕事先のバーからマリナの姿が消えました。マリナはなにもかも失い失意のままパリを去ったのだ。
ピエールは幼いころから繰り返しよくみる夢がある。その夢はルーランとエリーナと呼ばれる二人の天使が、幸せそうに手をとりあって空高く飛んでいる夢。ピエールは、はじめその夢がいったい何を意味しているのかわからなかった。ある日、メトロの中でうとうとして夢をみた。その時の夢の中にも二人の天使があらわれ、ルーランと呼ばれる天使が急に消え、エリーナと呼ばれる天使がとても悲しむ姿がみえたのだった。ピエールはそのときに気付いた。ルーランと呼ばれている天使は自分のことで、恋人を失って悲しむエリーナと呼ばれている天使は、天国にいた時の自分のパートナーだと……。こうしてピエールもまた天国での記憶を少しばかり思い出し始めていた。
秋も深まったある日、ピエールは、なにげなくモンマルトルのカフェにはいった。
お店の壁には沢山の美しい絵が飾られていたが、店の奥の方に大きめの絵があることに気づいた。ピエールは引き寄せられるようにその絵に近づいていくと、彼の魂は激しく揺さぶられた。そこには全紙二枚分ほどの大きなサイズの絵に、幸せそうに手を繋いでいる二人の天使が、美しい羽根をひろげ、ピンクゴールドの光に包まれながら、虹色の光にむかって飛んでいる絵が描かれていた。それはまぎれもなくアネットの絵だった。その絵を見た瞬間ピエールの魂は激しく震え、魂からこみ上げてくる愛しさ、切なさ、懐かしさ、燃えるような恋しさ、そんな感覚を抑えることが出来なくなった。しかもピエールは絵の右下にあるサインをみてびっくりした。そこにはエリーナと書かれてあったから。
(夢の中でいつも繰り返しでてくる天使の名前もエリーナだった……)
ピエールは絵の一番近くの椅子に座り、温かいコーヒーを注文した。コーヒーを待つ間もその絵がとても気になって、コーヒー豆を挽く香ばしい香りにも気づかず、カフェの窓から見える外の美しい街路樹と石畳の景色にも目が向かない。
二人の天使の絵は、沢山のインスピレーションをピエールに与えたので、あわてて彼は、鞄からノートとペンを取り出すと、天から降りてきた沢山の物語を忘れないうちに書き留めはじめた。
ピエールがコーヒーを待つあいだにいくつかの物語が出来、ちょうど最後の物語を書き終えたとき、店のマスターがコーヒーを持ってきた。
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