坊と鬼。

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「それではまず、お前の汚した場所から掃除してもらおうかな」 鬼は木でできた大きな棚から、ぽいぽいとこちらに物を投げてくる。 僕の手の中には、バケツと使い古されて灰色になった布巾。 ああ確かに。僕の体は綺麗に清められていたけれど、僕をあの風呂敷の上まで運ぶ途中の廊下などは、物騒すぎてあのままにはしておけない。 鬼の住む屋敷の庭の隅に井戸があった。 非力な僕の腕でなんとか水を汲み上げる。 バケツに水を移すときバシャバシャと僕に掛かって、その冷たさが、まだ僕が生きてるんだって証明のような気がした。 僕は鬼の住む屋敷を丁寧に丁寧に拭いていった。 屋敷の床は贅沢に漆で塗られている。 漆が血をはじいていたので、木の深くまで染み込んではいない。 こすると、ねずみ色の雑巾に僕の血が移る。 こんな大きな怪我をしていたのか。 傷はすっかり治っているとはいえ、あの時の恐怖が抜けきった訳ではない。 またポロリとこぼれそうになる涙を必死で引っ込める。 それでもやっぱり溢れてきちゃうんだなぁ。 「泣きながらでも血の跡が見えるとは器用な奴よの」 「うるさい。僕は今弱ってるんだ。」 「男が弱って何になる?女であれば少し優しくしてやろうとも思えるが……」 「あっ、そういうことを言ってると、せっかくの出会いを逃すかもしれないぞ!」 「私が男とワンチャンあると言いたいのか?」 「絶対ないとは言えないだろ?」 「ははっ!お前のその柔軟な考え方、嫌いではないぞ。しかし、見たところ、その柔軟さが今回の事件のきっかけだったようだな」 僕は嫌な事を思い出したくなかった。だから必死で床を擦った。 「これこれ、そんなに強く擦っては漆が剥げてしまうだろう。」 「気にしてることを言ってきたのはそっちだろ」 「いつまでも弱ってはいられないぞ、坊よ。お前にはこれから私の手となり足となってもらうのだからな」 こちらは命を救われた身。反論をする気は起きない。 とはいえ、この鬼……僕を助けたことにかなりの恩義を着せようとしているらしい。 いや、それは当たり前なんだけど。 なんかこう……これからもそれをダシにして、長いこと良いように使われるような予感がする……。 「拭き終わったら次は魚!」 「わかったよ!」
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