坊と鬼。

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「坊は魚の取り方を知っているか?」 「ま、まぁ……少しは」 「ふん。その様子だとからっきしダメそうだ。まずは私のやり方を見ていろ。大丈夫さ、慣れれば一人前に食って行けるようになる」 鬼がモソモソと服を脱ぎ始めたので、僕は咄嗟に後ろを向いた。 「なにをしている?私もお前と同じ男だが。」 「それが問題なんじゃない!人の裸を見るのに慣れてないんだ……」 「同じ体の作りをしていてもか…坊は繊細なんだな。ま、水に入ったら見えんさ」 水が動く音がして僕はやっと顔を上げた。 そこは湖というより温泉に近くて、しゃがんで触ってみると白く濁った液体はお湯の温度だ。 「こんな水に魚なんて住んでるのか?」 「この水自体には住んでおらんな。だがある奴が待っていて、そやつが私に捧げにくるのだ」 「捧げに……?」 鬼が湯の中心まで歩いて進み、止まって何かを待つような雰囲気になった。 鬼の前の湯からぶくぶくとあぶくが浮かび上がってくる。 「ちょっと、大丈夫なの……!?」 ざぱぁ…っ! 水とともに勢いよく顔を出したのは魚ではなく、白い長髪の大きな男だった。 「なぜ昨日は来てくれなかったの?」 「あそこの坊が理由さ」 「フゥン……あなたは僕だけにかまっていればいいのに」 「喰いたきゃ食えばいい。遊び程度の付き合いだ」 「まあ!僕以外にそんな人がいたなんて。」 「約束のものは?」 「ここに。でも、その前に。わかりますでしょう…?」 僕には不思議と彼らの言葉が聞こえる。遠く離れているのに、まるで2人の横にいて耳元で喋られているみたいな…… 「んっ…今日は血をくださらないの?」 「その女みたいな喋り方をやめたら考えてやる」 「ま。ナンセンスなお方…ふぁ、んんぅ♡ 今日も美味しゅうございました♡」 「また噛んだな……全く」 「もう治ってるくせに」 僕は唖然としてしゃがんだまま固まっていた。 湯の中につけていた手がジンジンしていた。 振り返った鬼の手には大きな魚が二つ握られていて、その後ろで白い髪の男がとぷりと白色の中に沈んでいった。 なんか…超怖い顔で手を振られたんですけど…。 「青い顔をしてなんだ。あれくらいのこともできなければこの山では死んでしまうぞ?」 「あ、……あんなことばっかりなら、僕はいますぐこの山を出る!」 「はは。安心しろ。変なのやるのはあいつだけだ」 変なの、という言葉に敏感に反応してしまう。 あのシーンを見せつけたってことは、いつかは僕もあれを…やる必要が出てくるというわけか…先が思いやられる。 「気に入られなければ大変だぞぉ〜あいつはここら一体を締めてるからな」 「ヒィ…!」 ____________ 鬼と2人、庭で魚を焼く。 よく晴れた空の下、春のはじまりの心地よい風に魚の美味い匂いが鳴る。 「誰かと食事をするのは久しぶりだ」 そう言って鬼はパタパタと扇子を振る。僕の方に美味しい匂いが全部流れてくる。 鬼の黒いつやつやな髪の毛が太陽の下で光っている。僕の髪は……今日はしっかり石鹸で洗わないと、この臭いは落ちないな。全く。 「そろそろいい具合だろう。塩を持ってくるから少し待っておけ」 「はーい」 鬼の大きな体が屋敷の中にスルリと吸い込まれる。 あの正体不明の白い男は、魚をしっかり2匹くれた。鬼はいつも何匹食べるんだろうか? もし敢えて僕の分もくれたんだとしたら、ちゃんとお礼を言わなきゃな。食べ物だってタダじゃないんだ。苦労に見合う対価を渡さなきゃ。僕が持ってるもので何かあの白い男に渡せるものってないかな? 「難しい顔をしているな。何をそんなに考え込んでる?」 「……僕って、ここでどうやって生きていけばいいんだろう?」 「また規模のでかいことを考え出したなぁ。坊はそういうことを考えるのが好きなのか?」 「違うよ。できれば考えたくないぐらい頭は悪いほうさ。だけど、これ。この魚だって、くれたやつは苦労して取ったんだろうし。タダで貰うってのも違うかなぁと思ってさ」 「ふん。義理人情がしっかりしてる奴は嫌いではないぞ。しかし現実、坊が今何か渡せるとしたら、その体ぐらいしかないだろうな」 「ぐ……あんまり思い出したくないんだ。事実だとしても、口には出さないでくれ」 「ではどうする?何か特別な技術でも持ってるというなら話は別だが……」 特別な技術、僕が持っている特別な技術…… 「あっ。僕、飾りが作れるよ!」 「飾りぃ?」 「そう。簪とか髪飾りとか、着物の帯留めとかを作るのも好き!簪かんざし生花だと枯れてしまうから作品にはできないけど、色が付いた紐とか、綺麗な石とかがあれば加工ができる。あの白い男はそういうの嫌いかな、興味ないかな……?」 鬼はニヤリと笑った。 「心配ない。あいつはそういうの、大好きだ。」 やったー!僕は両手を上げた。少しは何かの役に立てる目処がついた、記念すべき瞬間だ。
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