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12.蜘蛛の巣に囚われた生贄
「ねえ、マックス、あなたはあんなヴィルヘルムよりもできる王子なのよ。あなたが国王にならなきゃだめ。そうじゃなきゃこの王国は滅びちゃう」
裸でマクシミリアンの寝台の上に寝転がるアナは、そんな甘言をマクシミリアンの耳元で蠱惑的にささやいた。彼らは既に肉体関係にあったが、しばらく前からマクシミリアンの男性の象徴が勃たなくなり、寝台の上で裸で慰めあうだけになっている。でもマクシミリアンは調子がいい時は、そんなことも気にせずにアナの愛撫を受けてうっとりしている。その日もそんな日だった。彼の耳元でアナはささやく。
「ヴィルヘルムがこの間、剣技大会で優勝したって聞いたわよね?自分こそ次期国王にふさわしいって鼻高々だったって。周りもそうもてはやしていたってもっぱらの評判よ。国王が剣豪である必要はないのにね」
そしてまた別の日――
「マックス、知ってる?陛下がヴィルヘルムに今年の建国記念式典の閉会挨拶をさせるそうよ。これって王太子がする伝統よね?」
アナはマクシミリアンの調子がよい日に必ずヴィルヘルム王子の成功談を披露してマクシミリアンの劣等感を刺激した。そしてとうとう――
「ねえ、この王国に王子が1人だけだったら、立太子争いもなくてこの国は平和よね。そのほうがいいと思わない?」
「…でも王子は2人いる」
「大丈夫、いらない王子がいなくなれば残りの王子は1人でしょ?」
「俺は王太子になりたくないからこんなことをやってきたんだ!」
「本当に?ユリアも王太子の座も両方欲しくないの?王太子じゃないほうの王子はユリアを手に入れられないわよ」
「そんなはずない!俺はユリアの婚約者だ!」
「他の女とこんなことしてるのに?」
アナはニヤリと笑って、骨と皮にようになってきたマクシミリアンの手首をとり、自らの豊かな胸に導いた。マクシミリアンは、手を引っ込めようとしたが、アナがマクシミリアンの手首をつかむ力は予想外に強く、マクシミリアンの衰えた力ではアナにあらがえなかった。
「陛下もラウエンブルク公爵も王太子になれなかった王子に用はないはず。用済み王子は北の塔行きよ。王家の歴史で習ったでしょう?」
王位継承闘争は王国史で珍しいことではなく、2、3代ごとに起きていた。そんな闘争に敗れた王子は、処刑されるか北の塔に生涯幽閉になったこともマクシミリアンは知っていた。
「一生冷たい牢屋の中で過ごしたい?そしたら貴方の愛しのユリアはヴィルヘルムのものになるわね」
「なっ!そうはさせない!」
「それじゃあ勝つしかないのよ。陛下も公爵も容赦ないわよ。貴方が役立つことは未来永劫ないと判断したら、ユリアをヴィルヘルムのものにして、貴方には何でも罪をでっちあげてでも幽閉するに決まってる。それどころか処刑かもよ。あ、王妃派は頼りにならないわよ。国王派に押されているからね。貴方のお母様もいつまで王妃でいられるかしら」
北の塔は、王族や高位貴族が重罪を犯したときや処刑される前に幽閉される場所で、王宮の敷地の北端にある。ここ数十年、この塔は使われていなかったが、ここが使われるときは国が乱れると言い伝えられている。
フリードリヒがヴィルヘルムに期待していることに気づいたときから、マクシミリアンはヴィルヘルムが王太子に選ばれるようにわざと堕落した生活を数年前からしていた。堕落した生活と言っても、廃嫡されるほどの堕落はせずにほどほどにして、ヴィルヘルム立太子後に態度を改めて王家の持つ爵位と領地をもらってユリアとのんびり過ごせばよいと思っていたのだった。でもアナが現れてから調子が狂った。マクシミリアンは、いつのまにか阿片とアナの肉体におぼれてしまっていた。
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