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13.婚約破棄宣言
隣国の王の名代として王太子がシュタインベルク王国にやってくるために、王宮で夜会が開かれることになった。珍しくマクシミリアンも出席することになり、この夜会に備えて流石に阿片吸引を控えているらしく、マクシミリアンがアナとともに城下へ行く姿も見られなくなった。
夜会当日、気合の入った侍女達がユリアの髪型や化粧に時間をかけて念入りに仕上げ、ドレスを着せた。婚約者にドレスを贈る時は、愛の証として自分の瞳の色のドレスにすることも多いのだが、マクシミリアンがこの夜会のためにユリアに贈ったドレスは、彼の瞳の色ではない赤いドレスだった。それでも王都最高級のメゾンで仕立てられたドレスは上質な生地と美しいデザインで見る者を魅了するに十分だった。生地には同系色で薔薇が刺繍され、同時に贈られた金とルビーでできた薔薇のブローチとユリア自身の美しいデコルテが上半身のハイライトとなっていた。
支度ができたユリアを最初に見たのは、オットーだった。王宮で開催される夜会に行く時、エスコートするマクシミリアン自身が迎えに来ることはほとんどなかったが、それでも王家の馬車を迎えに行かせていた。だが、今回はマクシミリアンが直前でエスコートを断ってきた。素行不良の振りをするマクシミリアンの真意を知っていたオットーでもエスコートを断った彼の今回の意図は理解できなかった。
「ああ、ユリア!美しいよ、女神のようだ!この姿を独占できないマクシミリアンは大馬鹿者だ」
「お兄様、不敬ですわよ。会場に行けば、一緒に踊るぐらいはできると思いますから、エスコートできないぐらいは我慢します」
「エスコートしない理由も言わないんだから、ダンスもしないんじゃないか?」
「せっかくの夜会の前に不吉なことを言わないで下さい!」
オットーは妹に謝って馬車までエスコートして兄妹は王宮に出かけて行った。2人が夜会会場に着いてしばらくして王族の入場が始まり、第二王子ヴィルヘルムの入場の後、マクシミリアンの名前が呼ばれた。
「第一王子マクシミリアン・シュタインベルク殿下!」
マクシミリアンのエスコート相手の名前は呼ばれなかったが、ホールの前の扉から入場してきたのは、マクシミリアンとフェアラート男爵令嬢アナだった。アナは通常のエスコートのように相手の腕に軽く手を置くのではなく、べったりとマクシミリアンの腕に腕を絡めていた。
最近、健康不安がささやかれていたマクシミリアンにとって久しぶりの公の場であった。まだ若いのに以前と比べてやつれて見えるその姿に、人々は健康不安の噂は本当だったのだとざわめいた。それでも一番酷い姿を知っているオットーとユリアにしてみたら、まだましな状態だった。
マクシミリアンの変わり果てた姿にも増して、彼が婚約者でない令嬢をエスコートし、しかもベタベタ腕を組んでいることに、ホール中に驚きが走った。ヴィルヘルムは、汚物でも見るかのような目線で2人を射抜いていた。
マクシミリアンが王族らしく威厳のある様子で右腕を上にあげると、人々のざわめきがさっと小さくなった。
「皆の者、静粛によく聞いて欲しい。ここに私、シュタインベルク王国第一王子マクシミリアンとラウエンブルク公爵令嬢ユリア殿の婚約破棄を宣言する!」
「な、なぜですの?!」
「私の隣にいるフェアラート男爵令嬢アナという真実の愛を見つけたからだ」
「そ、そんなっ!…」
人々のざわめきが驚きでホールに戻ってきて、ユリアの悲嘆の叫びを半ば打ち消した。王族の入場を担当する係の者はどうするか困惑していた。でも宰相が近づいて何かささやくと、何もなかったかのように国王夫妻と続けて賓客の隣国の王太子の入場を告げた。
入場してきた国王夫妻に宰相が耳元で何か告げた途端、国王フリードリヒは呆れて心底がっかりした様子でマクシミリアンを見た。王妃ディアナはそんな視線に気付かない振りをして心ここにあらずといった様子だった。隣国の王太子はおかしな雰囲気に気付いたものの、何が原因なのかわからず、戸惑っていた。
ユリアは、マクシミリアンの婚約破棄宣言の後、真っ青になり、オットーとともにすぐに退場して帰宅した。オットーは激怒してマクシミリアンにその場で詰め寄りたかったが、ユリアが今にも倒れそうになったので、妹を支えることを優先した。それに外国からの賓客の前でこれ以上、自国の恥を晒すことは避けたかったのだった。
夜会は表向きつつがなく終わり、マクシミリアンの婚約破棄宣言は無視されたかのように見えた。
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