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16.王妃の怒りと屈辱
ディアナもフリードリヒがマクシミリアンを見捨てていることに気付いた。王家の影の報告でマクシミリアンの健康状態が死に際ぎりぎりにあったことをフリードリヒも把握しているはずだった。それなのにフリードリヒは医師を派遣せずにマクシミリアンを放置した。マクシミリアンが謹慎中に吐しゃ物を喉に詰まらせて窒息死したり、餓死したりしても、フリードリヒは構わないと思っている証拠だ。
ディアナの脳裏に15年前の屈辱が蘇ってきた。あの時、フリードリヒの愛人が妊娠したことを突然知らされた。夫とうまくいっていないことは自覚していたが、教会が許していない愛人をフリードリヒが囲っていたことまではディアナは気付いていなかった。
もっと最悪だったのは、夫の愛人が自分の侍女であったことだった。愛人は正妻の自分が気付いていないことを嘲ってほくそ笑みながら自分に仕えていたのだろうか。そう思うと悔しくて仕方なかった。
それなのに、フリードリヒは教会の手前、ディアナが妊娠していることに偽装してくれと頼んだ。ディアナを離宮に隔離し、妊娠中の愛人を別の場所に匿う計画だった。表向きは、今回の妊娠でディアナの調子がよくなく、絶対安静になったから静養するということになった。ディアナは悔しさで歯ぎしりしそうなぐらいだったが、出産後すぐに愛人と別れることを交換条件に了承した。
人前では、ディアナは腹の周りに綿を詰めて妊婦を装い、入浴や着替えは秘密を知る侍女1人だけに手伝わせた。そうして苦しい屈辱の生活を半年以上続けた後、愛人の産んだ赤ん坊が連れて来られた。
ところが、愛人が公に実母と名乗れず赤ん坊のヴィルヘルムから引き離されることをフリードリヒは哀れに思い、ヴィルヘルムの乳母に任命した。交換条件に違反するとディアナが抗議すれば、別れることは約束したが乳母にしないとは約束していないとフリードリヒはぬけぬけと抗弁した。
そうなれば本当に別れたのかさえも疑わしかった。王妃も王家の影を使うことはできるので、調べさせれば真相はわかっただろう。でもそうすればディアナが影に調べさせたことがフリードリヒにばれて怒りを買っただろう。
公には『次男』の『乳母』である愛人とディアナが全く接触しないことは不可能だった。元々悔しさと屈辱でいっぱいだったディアナは、『乳母』が慈しむヴィルヘルムも憎く思うようになってしまった。
しかし愛してやまない実の息子マクシミリアンは、3歳違いの弟をかわいがり、ヴィルヘルムも兄を慕った。ヴィルヘルムは愛情深い『乳母』に懐き、腹立たしいことにマクシミリアンまで『乳母』に手懐けられてしまった。だから、『乳母』はヴィルヘルムが乳離れしたら解雇することでフリードリヒと妥協したのに、兄弟の懇願で侍女として残すことになってしまった。
それだけだったらまだよかった。マクシミリアンが王太子になるはずだから、頑張って勉強をやらせ、剣技を磨かせた。ヴィルヘルムはやりたいようにやればいいと放置していた。それに気付いたフリードリヒは激怒し、家庭教師と剣技の師匠を手配した。ヴィルヘルムはすぐにマクシミリアンを追い越してしまった。そのうちにマクシミリアンはいつの間にか勉強も剣技も放棄して女遊びに没頭するようになってしまった。ヴィルヘルム自身には王になる野心はなさそうだったが、そうなると周囲が放っておかない。
それでも賢くて強い後ろ盾のあるユリアがマクシミリアンの婚約者なら、彼の王位は固いと思われた。それもマクシミリアンが阿片中毒の廃人になってしまってはもうこれまでだ。
ディアナは悔しくて知らず知らずのうちに拳を固く握りしめ続け、掌からは血が出ていた。
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