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18.思いがけない訪問
ディアナは先触れなしに突然訪れた女性の名前を聞いて驚いた。侍従は、先触れなしの訪問をディアナが断るだろうと思っていたらしく、訪問者を通せとディアナが命じたのに驚きを隠せなかった。
「マクシミリアンを阿片中毒にしておいて、よくのこのことやって来れるわね!」
ディアナは心底憎そうにアナを睨んでいた。
「王妃陛下にご挨拶申し上げます。フェアラート男爵が娘、アナ・フォン・フェアラートでございます。本日は、突然の訪問をお許し下さいまして、真にありがとうございます」
「そんな表面上の挨拶はもう抜きにして、貴女の用件を話してちょうだい」
「恐れながら、殿下は私と出会う前に既に阿片を嗜んでおられました」
「なんですって!」
「よくない遊び仲間がおられたようです。それももう殿下の周りにはいませんが」
「皮肉を言いたいだけなら、帰って頂戴!」
「いえ、これからが本当の用件です。王妃陛下にあられましては、国王陛下にもう1人庶子がおられるのをご存知でいらっしゃいますか?」
「なんですって!?どこにいるの?女なの?男なの?」
「男性でいらっしゃいます。お年は20歳」
21年前、フリードリヒは既にディアナと結婚していた。結婚2年目にしてまだ子供ができず、悩んでいた頃だった。ディアナはまた拳を強く握りしめた。
「でも本当に陛下の子とは限らないでしょう?」
「いいえ、陛下が認めております。陛下は、シュタインベルク王家の紋章のついた指輪をその男性に下賜しております。それにその方は若い頃の陛下にそっくりです」
ヴィルヘルムはフリードリヒ似だが、ディアナの実子マクシミリアンはディアナ似だった。
「それで彼は今、どこにいるの?」
「ミッドランズ王国です」
ミッドランズ王国は、今、シュタインベルク王国と敵対関係にある隣国である。
「その男性の母親は誰?どうして貴女がそんなことを知っているの?」
「お待ち下さい、順序立ててお話します。その男性の母親もミッドランズ王国にいます」
「貴女がその情報を知っている理由も話しなさい」
「せかさないで下さいまし。今、全てをお話するわけにはいきません。ですが、陛下が私の望みをかなえて下さるのなら、お話しましょう」
「望みは何?」
ディアナは胡乱そうにアナを見た。
「その男性-ルイス・ウィンチェスター、シュタインベルク風に言えばルードヴィヒ様を陛下の養子にしていただきたいのです」
「私達の養子に?!王位を狙うと言うのか?!」
教会が婚外異性交遊を許していない以上、認知して実子にすることはできない。それなのに国王が率先して婚外子の存在を公表するわけにはいかない。ルードヴィヒを王家に入れるには、王家の遠縁として養子に入れるしかない。
「ルードヴィヒ様は、国王陛下に認知されていますが、正式には国王ご夫妻の子ではなく、王子の地位にはありません。第一王子殿下はまもなく廃嫡されるでしょうから……」
「誰のせいでっ!よくもおめおめとそんなことを私に言えたものだっ!」
ディアナはアナの言うことを最後まで聞かず、激怒してアナの頬を平手打ちした。
「私とのことがなくても早晩、第一王子殿下は次の王位継承からは外れました。なにせ素行がよくありませんでしたから」
ディアナはアナのもう一方の頬も平手打ちした。
「お気は済まれましたか?第一王子殿下が廃嫡されれば、立太子されるのは第二王子殿下です。第一王子殿下の愛するユリア様も第二王子殿下のものになります。それでよろしいのでしょうか?」
「何を言いたい?」
ディアナはアナを睨んだ。第二王子ヴィルヘルムがディアナの実子でないことは、ディアナの他はフリードリヒ、王家の侍医、ヴィルヘルムの実母、離宮でディアナを世話した侍女しか知らないはずであった。ところが、マクシミリアンとヴィルヘルムに親切ぶってヴィルヘルムの実母の話をした人間がいたように、国王夫妻が思っているよりもその話は広まっていた。
「陛下が思われるよりも事実を知っている人間は多いのです」
「今のミッドランズ王国は我が国の友好国ではない。その国の人間を王子として迎えることはできません」
「ルードヴィヒ様は、血筋で言えば、四分の三はシュタインベルク人です。彼の母方の祖母はシュタインベルクから嫁いできました。彼は母方の伯父であるウィンチェスター侯爵のもとで保護されています」
「それでも育ったのは、ミッドランズ王国でしょう?」
「ルードヴィヒ様はシュタインベルク人の祖母に育てられたようなものです。シュタインベルク王国の文化にも精通しています」
「何が目的なの?なぜそれほどにまでして彼を私達の養子にする必要があるというの?やはり王位が狙い?」
「彼の育ての祖母はもう亡くなりました。例え陛下が父と表立って名乗れなくても、彼を陛下のそばにいさせてあげたいのです。王位継承権については、国王陛下の実子であると公表できない以上、養子は王位継承権を持ちませんから、杞憂です」
「祖母が亡くなっても、彼の実母がいるでしょう?」
「彼女には新しい家庭があります」
「なるほど。彼は父親を求めている。では、彼を養子にすることで、私とマクシミリアンにどんな利益があるのか、説明して」
「ルードヴィヒ様は、第一王子殿下の味方になりましょう。側近としてお仕えし、殿下が王位に就き、ユリア様とご結婚できるように尽力するでしょう」
「そんな力が養子になったばかりの彼が持てるわけないでしょう?第一、ヴィルヘルムもいます」
「第二王子殿下のことは何とでもなります。ルードヴィヒ様は優秀です。必ず第一王子殿下の力になります。でも王位への野心は彼にはありませんから、ご安心下さい。あくまでも弟を支えたいと思っておられます」
「弟ねぇ……なぜ貴女はそこまで彼のために尽力するの?貴女は彼を…?」
「その点は、なぜ私が彼の素性を知っているかに関わってきますので、陛下が彼の養子縁組を受け入れて下さるのなら、話します」
「よかろう。でもこちらでも貴女の話の真贋を調べます。私が貴女の望みを聞き入れることになったら、貴女がルードヴィヒの素性を知っていた背景を話してもらいます」
その時のディアナはシュタインベルク王国王妃ではなく、マクシミリアンの母としての心情を知らず知らずのうちに優先していた。
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