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2.心のオアシスが崩壊した時(ヴィルヘルム視点)
僕たち兄弟は、物心つくかつかないうちから、勉強やマナー、剣術、護身術、ダンスなどありとあらゆることを詰込まれ、子供らしく遊ぶ時間などほとんどなかった。それに加えて両親の国王夫妻からは肉親の情も感じられず、特に母上は兄上だけを偏愛している。それどころか、僕を憎んでいるように思える。
どうして自分は愛されないのか悲しくて不思議だったんだけど、親切なふりをしてわざわざ教えてくれる人達や噂で僕の実母は別の女性だと知った。だけど、父が教会と王妃の目から実母を隠していて会ったことがないから、他人のようなものだ。だからお互い兄弟の他は乳母だけが自分たちを本当に愛してくれる存在だった。
だけど、兄上が6歳になったとき、側近候補兼友人としてラウエンブルク公爵家の兄妹オットーとユリアが週に2回ぐらい王宮に遊びに来るようになった。侍女や護衛の目を盗んで木登りをしたり、かけっこをしたりして、普通の子供になれたような気がした。
乳母にクローバーの花の冠の作り方を習ってユリアにあげたらすごく喜んでくれたのも、いい思い出だ。あの頃は本当に週2回の彼らの訪問が待ち遠しくて仕方なかった。でもそんな楽しい時も長くは続かなかった。
僕が5歳、兄上が8歳になった時、新しい側近候補兼友人が王宮に連れてこられた。トラヘンベルク公爵家のルイーゼとルーカスの姉弟で、ルイーゼは僕の1歳上、ルーカスは僕の2歳下だ。ルイーゼは黙っていればビスクドールみたいにかわいいのだが、自分が話題の中心にいないと気が済まない苛烈な性格で、ルーカスはそんな姉の言いなりになってしまうおとなしい子だった。
ルイーゼはなぜか兄上よりも僕を気に入ってとにかく僕にべったりして、僕がちょっとでもルイーゼ以外と話したり遊んだりするとすぐ怒った。特にユリアにはライバル意識を持っていたみたいで、僕がユリアと話すとすぐに割り込んできたり、こっそりユリアに意地悪をしたりした。
そんな彼女の態度に辟易してルイーゼを王宮に連れてこないでほしいと両親に訴えたが、だめだった。兄上は元々その反応を予想していたみたいで、両親に言ってもどうにもならないと僕に言っていたんだけど、僕の気持ちは両親にわかってもらえるはずだと僕は無駄な期待を持っていた。
「ヴィルヘルム、なぜトラヘンベルク公爵令嬢を登城禁止にできないかわからないか?」
「わかりません」と僕が返事をすると、父上は大きなため息をついた。
「お前たちはシュタインベルク王国の王子だ。遊び相手を自由に選べるその辺の子供たちとは違う。トラヘンベルク公爵令嬢を登城禁止にするのに彼女の弟だけを呼ぶわけにいかなくなる。でも彼自身には出禁にするほどの落ち度はないだろう?それにトラヘンベルク公爵家の子供たちだけを王宮に呼ばなくなれば、王家はラウエンブルク公爵家をひいきしていると見られる」
「別にいいじゃないですか」とふてくされて言ったら、父上に頬を打たれた。父上は冷たくてもそれまで僕たちに手をあげたことはなかったから、すごくショックだった。その後、どうしてだめなのか延々と説教されてようやくわかったけど、その時から自分たちは籠の中の鳥なんだと悟っている。
こんな騒動があってからは、ラウエンブルク公爵家とトラヘンベルク公爵家の子供たちが王宮に来る日は分けられることになり、ユリアに会えるのは週1回になってしまった。
そんな騒動があってから2年後、兄上が11歳になった年、ユリアが兄上と婚約してしまった。子供の僕は事前に何も知らず、ユリアを自分のものにする術も持たなかった。兄上とユリアは幸せそうで、僕の好きな2人を悲しませたくないから、僕はユリアをあきらめるしかなかった。
ユリアはあきらめたけど、意に染まない婚約をさせられるのはごめんだった。父上は三大公爵家を平等に扱うから、僕をルイーゼと婚約させるかもというおぞましい予想が出てきた。コーブルク公爵家には嫡男しかいないから、はなから除外されたけど、トラヘンベルク公爵家のルイーゼは想像も嫌だけど年齢的には僕に合う。ユリアのときは先手を打たれてしまったから、今度こそは自分が先手を打つ意気込みで両親と話しあった。
トラヘンベルク公爵家から王家へは僕たちの祖母が輿入れしている一方、ラウエンブルク公爵家とコーブルク公爵家が王家と婚姻を結んだのはそれぞれ4、5代前にさかのぼることを見つけて僕は交渉材料にし、ルイーゼと婚約しなくてもよくなった。
その代わり、外交上の都合で外国の王女と結婚しなくてはいけなくなるかもしれないことは納得させられた。とりあえず、あのルイーゼから逃げられたんだからいい。兄上達が本当に結婚するまではまだ何年もあるから。
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