24.助命嘆願

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24.助命嘆願

マクシミリアンとディアナが捕まってから、アナは忽然と消えた。アナの養父母のフェアラート男爵夫妻は、報酬目当てにアナを養女にしただけで、彼女の素性を全く知らず、会ったこともほとんどなかったので、今回の犯行も全く知らなかった。だが、報酬欲しさに素性も調査せずに怪しい人物を養子に迎え入れる貴族が相次いでは国の根幹に関わってくる。フェアラート男爵も無罪放免とはならず、報酬と同額の罰金を科せられた。元々、金銭的に苦しかったフェアラート男爵家はアナから得た報酬の大部分を既に借金返済に充ててしてしまっていた。だからフェアラート男爵は、罰金と残りの借金支払いに領地を売るしかなくなってすぐに金銭的に立ち行かなくなり、最後には爵位も売って平民落ちするしかなくなってしまった。 ユリアは必死にフリードリヒにマクシミリアンとディアナ、彼女の侍女の助命嘆願をしたが、極刑の結論は変わらなかった。ただ、裁判が始まるまでまだ少し時間があった。 フリードリヒがマクシミリアンとディアナ、彼女の侍女の助命嘆願を聞き入れてくれない以上、最後の望みはヴィルヘルムだけになった。でもマクシミリアンとヴィルヘルムの仲が悪くなってから、ユリアはヴィルヘルムと挨拶を交わす以外に会話することがなくなった。もう何年もそんな関係だったくせに被害者の彼にそんなお願いをするのは、ユリアは自分でも恥知らずとは思ったが、最早それ以外に助命嘆願が成功する望みはなかった。 ヴィルヘルムの銃創は浅かったので、1ヶ月もすると傷はほとんど癒え、公務に復帰していた。ユリアのヴィルヘルムへの面会要請は、すんなりと許可された。 「第二王子殿下、王妃陛下と第一王子殿下、陛下の侍女の減刑をどうかお願いいたします」 「……もう僕を昔みたいにヴィリーって呼んでくれないの?」 「あの頃はまだ子供でしたから。大人になった今は、家族でも婚約者でもない私が殿下を愛称で呼ぶことは許されません。そんなことよりお二方と侍女の減刑をお願いいたします!」 「侍女の助命嘆願までして君は本当にやさしいね……でも君は本当に残酷な(ひと)だ。僕を殺そうとした人間を助けるために、君は僕を利用するの?は今や阿片の禁断症状で廃人だ。助ける価値もない」 「利用するなんてとんでもありません。ただ、3人とも冤罪です。冤罪で人の命を奪うことは神のご意思に反します」 ユリアは、自分が罪悪感を持っていたことをズバリと指摘されて居心地が悪くなった。 「本当に冤罪なのかな?冤罪の証拠は見つかってないよね」 「絶対に冤罪です!王妃陛下も第一王子殿下も殿下を愛しています。なのに殺そうとするわけがありません!」 「王妃とが僕を愛してるって?!君の目は節穴のようだね」 ヴィルヘルムは兄が王妃と共謀して自分を殺そうとした疑いをまだ持っていた。マクシミリアンをもはや兄とも思えなかったし、名前を呼ぶのも汚らわしく感じた。だから自分の暗殺未遂事件の犯人一味として兄の名が出て以来、『』とか『』呼ばわりしている。 ヴィルヘルムは悔しくて悲しくて仕方なかった。見目麗しく文武両道で人々に敬愛されている完璧王子様は、今や次期王位をほぼ確実にし、手に入らないものはない――1つだけ除いて――廃人の兄がもったいなくも手放そうとしたくせに結局手放さなかった唯一の(ひと)――それだけは渇望していても手に入らない。彼女は完璧王子様のヴィルヘルムを見ていない。 「ねぇ、君はのためなら何でもする?僕と結婚してよ。そうしたら3人は助かるよ」 ユリアは息を呑んでヴィルヘルムを見た。その目には、親しくしていた子供の頃によく見た親愛の情は見えなかった。そこに見えるのは、むしろ卑怯な交換条件に対する軽蔑の情だった。ヴィルヘルムは拙速なことを言ってしまい、後悔した。 ヴィルヘルムは、中身のない人形が欲しいのではない。ユリアの心も欲しい。でも卑怯な交換条件を出したヴィルヘルムにユリアが心惹かれることはないだろう。最後に僅かに残っていたはずの幼馴染としての絆は、この一言だけで壊れてしまった。ヴィルヘルムの胸はズキズキと痛んだ。 長いと感じた沈黙は、実際には1分も続いてなかった。その沈黙を大きなため息とともに破ったのはヴィルヘルムだった。 「たとえ未遂に終わっても王子暗殺を企てた犯人を助命するのは、治安上問題になるんだよ」 「冤罪なのに?!」 「それが証明できないんだ。無罪の証明ができなければ、王族殺しは未遂でも極刑だ。それを崩しては臣下に示しがつかない」 シュタインベルク王国に限らず、この世界には推定無罪の原則はない。 ユリアは絶望に満ちた目でヴィルヘルムを見た。
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