25.背水の陣のプロポーズ

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25.背水の陣のプロポーズ

ユリアがヴィルヘルムにマクシミリアンの助命を嘆願した翌日、ラウエンブルク公爵家にヴィルヘルムが1時間後にユリアに会いに来ると突然の先触れがあった。急な訪問に公爵家は準備にてんやわんやとなった。 ユリアとマクシミリアンの婚約が破棄された後、王家はラウエンブルク公爵家にヴィルヘルムとの婚約を打診してきたが、公爵は断っていた。通常、王家からの婚約打診を臣下が断ることはできない。でもラウエンブルク公爵家は今、それをできる唯一の臣下と言ってよい。そんな不敬も許されるほど、ラウエンブルク公爵家はユリアとマクシミリアンの婚約で煮え湯を飲まされた。 ヴィルヘルムは大きな赤い薔薇の花束を抱えてきた。ユリアの前に片膝をついて跪いた。 「ユリア、私と結婚して下さい。貴女を永遠に愛しています」 永遠に愛するという言葉通り、99本の薔薇の花束だった。ユリアは差し出された花束を受け取り、花瓶に生けるように背後の侍女に申し渡した。 「ありがとうございます。殿下にそう言っていただけて本当に光栄ですが、殿下とは結婚できません。私はやっぱり第一王子殿下を忘れられません」 その返事を半ば予想していたヴィルヘルムは今にも泣きだしそうになったが、すんでのところで王子の仮面を再び被った。 「やっぱりそうか。どうしてなんだろうね、僕は君以外の女性を好きになれないんだ。なぜなのか自分でもわからないんだ。社交界デビューもまだなのに王宮を歩くだけで話しかけてほしがる令嬢達がねっとりした視線を送ってくるんだ。でもその中で心を交わしたいと思う令嬢は1人もいないし、王子じゃないただの男ヴィルヘルムを愛する令嬢もいない。あんなにたくさんいるのに、その中に僕が本当に心の底から愛している女性はいないんだ……」 「お心に応えることができず、苦しい限りです。でも殿下はまだお若い上に見目麗しく、文武両道で皆様に慕われています。いつか愛し、愛される方と出会われることでしょう」 「見目麗しいとか、優秀だとか言われても、愛する(ひと)に愛されなければ全く意味がないんだよ……」 「そんなことはございません。第一王子殿下がまだ品行方正だった頃でも、大抵の令嬢が第一王子殿下よりは第二王子殿下と結ばれたいと思ったことでしょう」 ヴィルヘルムはもう王子の仮面を被っていられなくなった。 「君は本当に罪作りな(ひと)だね……だったらどうして僕ではだめなの?!」 「人の気持ちって合理的に割り切れないんです。第一王子殿下が優しかった幼い時からの思い出が私の心の中に残っているのです」 「思い出だったら、僕とだって……!」 「そうですね、でも第一王子殿下との思い出のほうが2年長いんです。いい時ばかりじゃなくて、最近は悪い思い出ばかりになってしまいましたが……」 「どっちが先に出会ったかなんて恋に落ちたら関係ないでしょう? それに、はもう処刑されるんですよ。貴女とともに生きる選択はない」 「私は修道院に行こうと思っています。でも、第一王子殿下の助命はまだあきらめません」 「……修道院だなんて、そんな!を愛しているから?でもそれは、愛じゃなくて同情か執着では?」 「……同情……執着……そうですね、そうかもしれません。私はもう第一王子殿下の婚約者ではありませんが、それでも孤立無援の彼を見捨てられません」 「僕にも本当の味方なんていないよ……知ってるよね、僕が父上にも母上にも愛されていなかったこと」 「王妃陛下は確かに第一王子殿下のほうをひいきされていたように思いますが、それでも殿下も愛していたようにお見受けしました。それに国王陛下はどちらかというと殿下のほうを愛されていたのではないですか?」 「父上のそれは家族愛ではなく、どちらが国に役立ちそうかという打算だっただろうね。母上はもとより実の息子でない僕を愛せなかった。それどころか憎んでいただろうね。僕は公式には王妃の実子だけど、僕の実母は父上が愛したミッドランズ王国の貴族令嬢だった。父上がミッドランズ王国に外交団と一緒に訪問した時に知り合ったと聞いた。でも父上はその時にはもう結婚していても生まれていた。なのに僕の実母が妊娠中、父上が王妃を離宮に籠らせて妊娠を偽装させたんだ。教会を騙すために。父上は本当に罪作りで残酷な夫だよ…」 ユリアは初めて聞いた話に息を呑んだ。 「僕はだから愛なんて信じられなかった。でもユリア、そうだね、僕こそ君に執着していたのかもしれない。君のへの一途な愛がまぶしかったんだ……」 ユリアはなんと返事してよいのかわからなかった。 「正直言って僕はまだと王妃を疑っている。冤罪の証拠がない以上、彼らは王子暗殺未遂の犯人だ。それを処刑しなかったら、王国の秩序が乱れる」 「……そんな!」 「だけど、獄死すれば別だ。死者を死刑にはできない」 『獄死』と聞いてユリアの顔色が青くなった。でもヴィルヘルムの強い眼差しでそこに別の意味があることを理解し、固くなった表情が綻んでいった。その表情を見たヴィルヘルムは辛くなって目を伏せた。 「貴女が望むのなら、が行く辺境の王家直轄領についていってもいい。でも2人とも家族に会うことは二度と叶わない。別人として生きていってもらう」 「殿下、ありがとうございます!」 全てを捨ててもついていく覚悟をすぐにしたユリアは、ヴィルヘルムには眩しすぎた。 「礼を言うまでもないよ。君の一途な愛に報いただけだ……もう会うことはないだろうけど……お元気で」 「殿下もお元気で」 これ以後、ユリアがユリアとしてヴィルヘルムと会うことは二度となかった。
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