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第46話
シドとハイファは一七〇五号室を出てロックの音を確かめてから、十二階の一二〇七号室に戻った。戻るなりハイファはポケットから小さなものをひとつ取り出してシドに渡し、自分はリモータ操作を始める。そしてヒットしたものもシドに見せた。
「エベリナ=コレット、テラ標準歴二十五歳、二十二歳まで惑星内駐留テラ連邦軍に在籍、最終階級が三等陸尉、除隊後の経歴は不明、か」
「それだけじゃないよ。天才的シューターとしてフラナス星系内の射撃大会で何度も入賞してる。それで士官にまで昇級した」
「それにこいつか」
渡された小さなものをシドは指に挟んで目の高さに上げる。それはひしゃげた鉛玉だった。
「ホローポイントとはな」
「おまけにこれもだよ、フォーティーファイヴ」
もうひとつハイファが取り出したのはエンプティケース、空薬莢だ。発射で一部が熱変色しているものの、真鍮の筒はシーリングライトの明かりを反射して煌めいた。
「どういうことなのかな?」
「そういうことでも驚かねぇな」
「レストランでのテロリスト騒ぎでは、エベリナは銃を出そうともしなかったよね」
「可能なら隠しておきたかったってことか?」
二人はエベリナが銃を持っていることは気付いていた。昼間に抱き上げたときベルトの背にヒップホルスタが付いているのに触れたからだ。ハイファにも伝えてあって、それで二人とも何ら驚きはしなかったのだが、それにしても嫌な符合だった。
「それでもカーク=アクロイド、リカルドの野郎みたいな例もある」
「けど、油断はできないよ。後ろから撃たれないように気を付けなきゃ」
翌日になってシドがエベリナに発振したが、返事はなかった。フロントでそれとなく訊くと今朝早くにエベリナ=コレットはチェックアウトしたということだった。
◇◇◇◇
二日半のリゾートを満喫して第三惑星ハリダに戻ったシドとハイファを待っていたのは、メイソンコミュニケーションズからいきなりシュレーダー・ディー・バンク本社への転籍という朗報だった。転籍先は通信部門広報営業部営業渉外第二課という長ったらしい名称の職場だ。
祝日開けに慌ただしくメイソンコムで挨拶を終え、シュレーダー本社にそのまま向かい、幾つもある業務課のひとつに出向いて様々な手続きと引っ越し先の手配をした。
そうして最終的に案内されたのは、メイソンコムのときとは違い大部屋のオフィスだった。そこで昼の休憩を終えて帰ってきた社員たちの前に引き出され、挨拶をさせられる。
「ユーリー=ニコノフです。若輩者ですので、どうぞご鞭撻を宜しくお願いします」
「シド=ワカミヤです。宜しく」
ちょっと素っ気なさ過ぎたのか僅かな数の社員たちは二人を見てボーッとしていた。そこで課長補佐とかいう中年男が拍手をしたのを契機にぱらぱらと拍手が湧く。
「どうか仲良く仕事に励んでくれ。キミたちのデスクはここだ」
横並びのデスクはさすがにシュレーダーというべきかヴァージョンのいい多機能デスクだった。取り敢えず二人は席に着く。だが他に席に着いたのはデカ部屋ほどの広さの中でたった三、四名、他の者はいつの間にか姿を消していた。付近には誰もおらず、何をしていればいいのか分からない。
困ったシドはまず業務課で流された構造図を眺めてみた。
シュレーダー・ディー・バンク本社はさすがに広大だった。
ここはSDB本社第三ビル、天を突くような八十階前後の超高層ビルが第五まであり、何本ものスカイチューブで串刺しになってモノレールでも繋がり殆ど一体化している。通信部門広報営業部営業渉外第二課は第三ビルの五十五階だ。窓からの眺めもいい。
オフィスは分煙化されていてシドのデスクは当然ながら喫煙側、非喫煙者側とはエアカーテンで仕切られている。引き離されて何か支障が出ても困るので今回はハイファも喫煙者のフリだ。元々スパイ時代には喫煙者も演じてきて吸えない訳でもない。
シドが隣を見るとハイファはもう端末を立ち上げ、幾重にもホロディスプレイを開いて何事かを始めていた。仕方なく咥え煙草で真似してみる。
通信部門ということで、取り扱い商品のカタログなんぞを眺めてみた。リモータにリモータチェッカ、チェックパネルに音声素子などの売り物はメイソンコムと同じだ。だが昼食を摂ったばかりで満腹状態、シドは眠たくなってくる。
「リラクゼーションルームにでも行けば?」
「ンなもんもあるのか?」
「確か一階上にあったよ。利用しすぎるとチェック入りそうだけど」
「ふうん。ところでみんな、何処に行ったんだ?」
「そりゃあ渉外じゃないの。でももうFC関係は残弾ナシだからね」
「分かってるって。で、お前は何してるってか?」
「貴方と同じ、プラス、また検索掛けてるんだけど、セキュリティが半端じゃないから」
苦労しているようだ。シドもこっそりリモータからリードを引き出して多機能デスクに接続し、ハイファに倣ってハッキングを試みる。幾つかのコマンドを打ち込んでみたけれど、いきなり自分のレヴェルでシュレーダー・ディー・バンク本社管理中枢コンなどは狙わない。用ありげにこの広報渉外課の管理コンに侵入してみる。
それでも結構な時間が掛かった。いいヒマ潰しだ。
侵入すればあとはダリア素子とダリアネットワークの検索である。そこで一件のヒットがあって思わず身を乗り出したが、内容は地元惑星警察からの回状だった。こういった被害報告があるので留意されたしというだけの、つまらないものである。
そこで通信部門から医薬品部門に転進、だが今度はセキュリティに弾かれ、慌ててリードを引っこ抜くハメになった。もう一度トライしているうちに間違って業務部の管理コンに入り込んでしまい、しかしそこで思わぬ発見をする。
「ハイファ、ちょっとこいつを見てくれるか?」
「ん、どれ……何これ、社販リモータの利用者一覧表?」
「その下も見ろよ、社員販売でボディジェムまでセット販売してるぜ?」
「別におかしくないんじゃない、さっき僕、格安ツアー旅行の斡旋とか見たよ?」
「そうかも知れねぇが。なあ、ここも一般向けにリモータを売ってるんだよな?」
「直販はしてないよ。各社のリモータを一手に作ってるけど、それを卸すだけ」
「街のリモータにSDB製はねぇってことか」
「そうじゃなくて逆だってば。全てがSDB製で、それを各社が買ってからカスタマイズするなりオプションをつけるなりして一般に売ってる。マフィアまで仕切るシュレーダー・ディー・バンク社ならではのシステムだよね、中間マージンでかなり儲けてるみたいだよ」
「ふうん、なるほどな」
何となくシドは隣の男を刑事の目で観察した。高級生地のオーダーメイドスーツにブランドもののタイを締めている。それを眺めながらSDB第三総合病院の看護師を思い出していた。
ニセクレジット禍に巻き込まれた彼女は、ハイファの瞳によく似た若草色のジェムをレナードコーポレーションの直販で買ったと言っていた。だがリモータは何処のものか覚えていないと。しかしそのリモータはハイファの話通りなら百パーセントSDB製ということだ。
このフラナスでは他星系に出掛けてリモータを買ってこない限り、皆がSDB製のリモータを着けている。金持ちも、庶民も、ニセクレジットで得をしている者も、損をしている者もだ。
そこでICSのルエラの言葉、『誰かがニセクレジットで得をしてる筈』というのが蘇る。
そう、ニセクレジット禍で損をしている者ばかりがクローズアップされ、また自分たちも目を向けてきたが、この星でニセクレジットを使い、得をしている者とはいったい誰なのか。
社会問題となるまでニセクレジットが蔓延しつつも、得をしている者が一人も捕まらないのはダリア素子のお蔭である。だが限度額のリミッタを外して腕を落とされ殺されたテラ本星のユーザーと違い、ここでは限度額がない。ロニアマフィアと違いケチじゃないからだ。
ケチじゃない、誰が? 誰ならそんなブツを売る? そして誰がそれを使う?
ずっと頭の中にあったバラバラのモノがふいに繋がった気がした。
「ハイファ、シュレーダーだ」
「えっ、何?」
「シュレーダー・ディー・バンク社がニセクレジットを流してるんだ」
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