第47話

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第47話

 隣の席からハイファがチラリとこちらを窺う。 「何で?」 「何でって、上の奴が得するためにさ。違うか?」 「違うと思うよ。理由は『ハーくん』と『ユーちゃん』の会社と同じで、そんな危ない橋を渡らなくても儲かってるから。貴方が自分で言ったじゃない」 「会社は儲かれば儲かるほどいいってお前は言ったじゃねぇか」 「それはそうだけど。うーん、シュレーダーがねえ」 「そのために俺は『サラリーマンの夢』を追ったんだぞ、どうしてくれるんだ?」  呆れたというより驚いてハイファは愛し人をまじまじと見つめた。 「そういう意味だったの? そんな、どうするもこうするも、こんな苦労をしなくても、シュレーダーを疑ってるなら、最初から言ってくれればよかったのに!」 「どうしてだよ、探るなら内側からだろ?」 「探るだけなら端末が一台あれば何処でも一緒、わざわざ目立って危ない目に遭わなくてもハッキングくらい……あああ、もう、信じられない!」  脱力してハイファはホロディスプレイに金髪頭をめり込ませデスクに突っ伏した。それを横目にシドはまだ考えている。ハイファが言う通りに理由がないのだ。だがシドの勘はシュレーダー・ディー・バンク社がクロだと囁いている。  珍しいSDB直販の社販品リモータにニセクレジットを仕込むのも簡単なら、第四惑星レオラで見たように工場でよそのセス素子にダリア素子を混ぜるのも簡単だ。  シドは社販リモータ使用者一覧表をじっと睨んだ。  社販品を買える人間はこの星でも『サラリーマンの夢』を実現した上流階級者、高額を使用してもおかしくない、疑われにくい人種だろう。ランダムな一般人にニセクレジットを使わせるよりも秘密だって護られやすい筈だ。  それこそここでは監視システムのダリアネットワークが不要なくらいに。  そう思い至ってシドはハッとした。  本当にダリアネットワークはないのかも知れない。上限額のないリモータを秘密の護れる者だけに買わせ、使わせるのなら、ダリアネットワークは必要ない。  このフラナスで必要ないそれは、ロニアマフィアというある種のリスクを背負ったからこそ作られたモノだったとすれば、ここで幾ら検索しても出てこないという現象に納得がいく。  それはともかく『何故』という理由は度外視してシドは考えてみた。  SDB社が意図的にロニアマフィアにニセクレジットシステムを構築させ、ニセクレジットリモータとダリア素子付きボディジェムは、マフィアのシノギとして売り捌かれている。  その際にケチなロニアマフィアは上限額を設定し、更にダリアネットワークまで組織した。ボディジェムにはトレーサーまでつけ、ニセクレジットリモータユーザーをダリアネットワークで監視した。そしてそれらのシステムはテラ本星にまで枝を伸ばした。  だがロニアマフィアは単なるコピーキャットではない。それらに必要なソフトもハードも、シドの予想が当たっているならば、シュレーダーでなければ設定し得ないからだ。SDB社がロニアマフィアに指南し、ニセクレジットシステムだけではなく、このフラナス星系にはないダリアネットワークを作らせたのである。  これでダリアネットワークに関する謎は殆ど説明がつく。  しかしやはり理由が分からない、何故SDBはそんなことに手を出した?  得をするのはニセ・ユーザーだけ、危ない橋を渡ってまでシュレーダーは何を得る?  頭を捻っているうちに、時刻は定時近くなっていた。  気付けば周囲は帰ってきた営業渉外第二課員でいっぱいだった。いっぱいの上にエラい騒ぎだ。ある者はデスクでもの凄い勢いで入力し、ある者は言い争いをし、ある者は大口の契約が取れたのかバンザイを繰り返していて、何というかフライパンのポップコーン状態である。  と、思えばフレックスでない大多数の同僚たちは定時の十七時と同時に潮が引くように消え失せる。残ったのは十名前後で、そのうちの一人である隣の席の高級スーツ男が、シドを見るフリをしてハイファを見ながら唐突に口を開いた。 「いい所を知ってるんだ、キミらの入社祝いに飲みに行かないかい?」 「構わねぇが、あんたは?」 「ああ、すまない。クライヴ=ハーネス、ここにきてテラ標準歴で三年になる」  振り返ってハイファを伺うと笑って頷いていた。愛想よくするなこの野郎と思う。  ともあれ十八時過ぎになって多機能デスクの電源を落とし、シドとハイファはクライヴと共にオフィスを出た。時間をずらしたお蔭でエレベーターも混んでおらず、スムーズに屋上の定期BEL停機場に辿り着いた。  風よけドームの閉まった屋上には定期BELが二機待機していて、クライヴは手前の一機に乗るよう二人を促す。シートに収まり風よけドームが開いてテイクオフしてから言った。 「リーランまで行く。遠いが、いいかい?」  いいも何もここまできては同行するしかない。シドとハイファは苦笑する。そうして三十分後にはリーランの盛り場でシドとハイファにクライヴは人波に揉まれていた。  やってきたのはカジノが多い一角で、中でも大型の店舗にクライヴは迷いなく足を踏み入れる。こんな所が穴場なのかと、二人は顔を見合わせて首を捻りつつ入店した。  店内はレッドカーペット敷きの煌びやかな空間だった。  天井からは幾つものシャンデリアが下がり、虹色の光を投げている。壁際にはスロットマシンがずらりと並び、フロアの至る所にルーレット台やカードゲーム台がしつらえられ、愉しむ人々の半分はタキシードにカクテルドレスといった、いかにもな上流階級者だった。  紳士淑女の社交場といった雰囲気のそこではワゴンサーヴィスが巡り、各種のアルコール飲料を振る舞っている。それだけではなくあちこちに配されたテーブルにはセルフサーヴィスの料理が並んでいて、まるで立食パーティー会場のようでもあった。 「こういう場所は苦手だったかい?」  ワイングラスを手にしたクライヴが、主にハイファに向けて笑顔を見せる。アップテンポのBGMやスロットマシンの作動音、人々のざわめきなどで、大声でないと会話が成立しない。 「苦手ってほどじゃないから気にしないで」 「そうか、よかった。遊んだあとはいい酒を出す店も知っているから」  喋り飲みながらハイファに笑いかけ、手元ではリモータからクレジットを移してスロットマシンを操作している。忙しいことだとシドはワゴンからジントニックのロンググラスを取り、一気に半分を干した。ハイファはスプリッツァーのグラスを手にしている。  クライヴに倣ってシドも三十クレジットをスロットマシンに移しレバーを引いた。適当に三つのボタンを押すと7が横一列に揃った。じゃらじゃらという擬音と共に三万クレジットが払い戻される。二度続けて揃うとクライヴが目を丸くした。 「あーたはそういう人だったよね」  だがシドはもう手を出さない。あんまり続けると店側からチェックが入り、イカサマと思われて荒事専門の従業員に張り付かれてしまう。それは本意ではない上に、博打のような人生故にシド自身は博打があまり好きではないのだ。それよりも腹が減ったのでハイファと一緒に料理を取りに行く。 「まさかと思うが、また三下と鉢合わせると拙いからな」 「単独行動は拙いよね」  料理は所詮立食用の作り置きで、さほど旨くもなかった。けれど腹は満たされたので暫くは相当な博打好きらしいクライヴに付き合う。スロットマシンに飽きたクライヴはルーレットに手を出し、しこたま負けて今度はポーカーゲーム台を囲む一席を占める。 「ほら、キミらもどうだい? 足りなければ僕が出すから」 「それほど困っちゃいねぇが、仕方ねぇな」  博打の才能がないと分かっているハイファは手を出さずシドがクライヴに付き合った。マフィアが饗する博打のチップは一枚千クレジットという大した額、だがロニアマフィアと一枚一万で渡り合ってきたシドは動じない。  配られたカードを手元で揃え、チラリと見てチップ一枚を投げ出しベットする。二枚のカードをチェンジしたシドの手役(ハンド)をハイファが背後から覗けば、綺麗にハートのストレートフラッシュが揃っていた。  ギャラリーの惜しむ声をよそにシドは二十分で席を立つ。カネをすられるばかりのクライヴが、そこで新たにチップを買った。だがリモータを翳したチェックパネルがけたたましい警告音を発し始める。しかしチェックパネルを掲げた黒服の店員は落ち着いて音を止め、何事もなかったかの如くチップをクライヴの前に積んだ。  シドとハイファは目配せし合う。
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