第48話

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第48話

「レイストローム社の女子社員が言ってたっけな」 「『リーランではニセクレジットでもモノが買える』ってね」 「けど、ニセクレジットを受け取った店側は損するだけじゃねぇのか?」 「だよね。でも貴方の読み通りならシュレーダーが買い上げてくれるのかもよ」 「それこそシュレーダーに得はねぇだろ、損するばっかりだぜ」 「うーん、そうだよねえ」  首を捻る二人をよそに、結局カジノで三時間ほど遊んでからクライヴは諦めがついたようだった。外に出て十分ほどのバーにクライヴは足を運ぶ。勿論二人も一緒だ。  そこでクライヴは今日の負け戦を払拭するように痛飲した。というよりも傍でハイファが口車に乗せて飲ませたのだ。更に河岸を変えて今度はシドとハイファが知る店に案内した。  そこは『ハーくん』と『ユーちゃん』の隠れ家であるバー・メリッサ、腰を据えてハイファはクライヴ=ハーネスをあの手この手でヨイショし始める。  そうしてクライヴがしこたま酔い、リモータに入った巨額のニセクレジットを見せるまで、一時間と掛からなかった。相棒のタラシモードにずっと不機嫌だったシドもクライヴのリモータを覗き込み積極的に話を聞く。  カミカゼを飲むシドとノンアルコールのシャーリー・テンプルをたしなむハイファに、クライヴはマイタイなんぞを口にしながら、社販といえども全てにニセクレジットが仕込んである訳ではない、選ばれた人間だけがこれを手にできるのだ、などと語った。  まるきり己の行為を悪事と認識していない男は胸を張って言い放つ。 「――社内を回る電子回覧板で斡旋を知ったんだ。だけどそのときには買わなかった。でも特に業績のよかった月に個人メールで社から勧められて一ヶ月分の給料と交換さ」 「ふうん。じゃあ、社販品を使う全員がニセクレジット持ちって訳じゃないんだね?」 「ああ、選ばれた人間だけに降ってくる幸運で……本当はニセをニセとして使うのは拙いんだが、今日はうっかりして……誓約書も書いたのに、ああ、拙いなあ――」 「拙くないよ、クライヴ。ほら、もっと飲んで」  今度はフローズン・バナナ・ダイキリなんぞを頼んだクライヴにハイファは斬り込む。 「でもどうしてシュレーダーはニセクレジットなんかバラ撒いてるのかな?」 「さあ……それこそ知る必要のないことだから……ムニャムニャ……」  酔い潰れた甘党男からはそれ以上を訊けず、シドとハイファは顔を見合わせた。 「天下のシュレーダーに認められた行為だもんね、犯罪だとはカケラも思ってないのかも」 「それにしたって、呆れた倫理観だぜ」 「で、貴方はどう思う?」  訊かれてシドは三杯目のカミカゼを飲み干し、おかわりを頼んでから口にする。 「そうだな……シュレーダーは得したい訳じゃない、ニセクレジットを蔓延させたがってるんじゃねぇのか? だからカジノでもニセクレジットでチップが買えた」 「それこそ本当にシュレーダーが買い上げてるって? どうして?」 「それが分かれば苦労はしねぇよ。だが言質は取れたぜ」 「まあ、そうだね。証拠も今のうちに頂いておこうっと」  別室カスタムメイドリモータからリードを引き出すと、ハイファはクライヴのリモータと相互に繋いでニセクレジットデータと収支記録をごっそり頂く。吸い上げてしまうとリードを戻し、データを圧縮してから短い報告と共に、ダイレクトワープ通信で別室に送った。 「それにしても、まさか貴方の読みが的中しちゃうとはね」 「けどシュレーダーの狙いが分からねぇんだよ、狙いが」 「確かにね。でも本当にダリアネットワークがないとすれば、こういう例がどんどん出てきてもおかしくないんだよね。それってすっごく危険じゃない?」  と、ハイファは酔い潰れた男を指す。 「ダリアネットがなくても、社内の一握りしかいない人間の収支を掴むくらいはできるんじゃねぇか? 今まで未使用だっただけでトレーサーくらい付いてるかも知れねぇし――」  自分で言ってしまってから事態の拙さに気付く。酔い潰れた男の金髪頭を見た。 「こいつ、マジで拙いかも知れねぇぞ」 「じつは監視されてる、もしかして弾かれるって?」  シドは頷く。今すぐに腕を落とされ殺されるようなことはないかも知れないが、何れにせよ収支記録を『上』に知られれば、誓約違反で本人にも思わぬペナルティが降ってくるのは必至だと思われる。本人も『拙い』と繰り返していた。  喩えそれが自業自得でも、シドにしてみれば寝覚めが悪い。 「まあ、まずはコレ、家に帰さないとね」 「放っとくってか? 相変わらずの薄愛主義者だな」 「だってもう仕方ないじゃない。そろそろ酔い醒まし飲ませようよ」  バーテンから酔い醒ましの薬を貰い、飲ませて暫くするとクライヴは何も覚えていないらしく快活に立ち上がった。割り勘で支払い、シドとハイファもスツールから腰を上げる。  そうして外に出ると、生暖かい風と共に露出度の高いお姉さんたちの声が掛かった。 「ねえ、遊んでいかない?」 「三万でいいわ、一晩中サーヴィスするわよ?」  幾らお調子者でもシドとハイファの前で女性を買うほどの元気はないようで、クライヴは彼女たちを半ば無視し、順調に三人は直近の定期BEL停機場である雑居ビル屋上に辿り着く。  定期BELに乗ったのが日付の変わる寸前、各停機場を巡って三十分ほどのフライトで三人はシュレーダー・ディー・バンク社の持ちビルである寮の屋上に降り立った。 「僕はここの他にも郊外にマンションの部屋を持ってるんだが遅くなった日には、やっぱりここが便利でね。四二〇八号室なんだが、キミたちは?」 「ええと、三十七階の三七〇五号室だってサ。どんな部屋かちょっと愉しみかも」 「そうか、初帰宅だったのか。遅くまで付き合わせてすまなかったな」  謝るクライヴに形ばかりの微笑みを向け、ハイファはシドに本気の笑顔をみせた。 「どうする、直接帰る?」 「間接的に帰るとすればどうすんだ?」 「一階に降りて何処かのお店で明日の朝ご飯を買うんだよ」 「じゃあ、そっちだ」 「なら、僕もご一緒するとしようかな」  こいつはもしかして七分署のヤマサキ並みに空気が読めないんじゃねぇかと思いつつ、シドはハイファとリモータチェッカをクリアしてエレベーターに乗った。勿論クライヴも一緒だ。それもクライヴはさりげなくハイファの背後に位置している。シドはまた面白くない。  微妙な空気を充満させたままエレベーターは一回だけ停止し、男が二人追加された。  一階に降りるとロビーとエントランスを五人で抜け、クライヴを先頭に全員が右に向けて歩き出した。百メートルと歩かずに、寮のビルの一階テナントにコンビニが煌々と明かりを灯らせていて、五人ともが入店する。  追加された二人はゲームか何かのダウンロードが目的だったらしく、機器に取り付いて操作を始めた。シドとクライヴがカゴを持ち、ハイファにくっついてゆく。  二人はサンドウィッチやオニギリなどを幾つかカゴに入れた。甘党男は菓子パンを購入するらしい。レジで真っ当にクレジットを支払い、さっさと外に出る。するとアンラッキィ、雨がポツリとシドの頬に当たった。 「くそう、ウェザコントローラ情報、見落としたぜ」 「今ならまだ間に合うよ、ほら、ダッシュ!」 「待ってくれよ、ハイファス!」  走り始めた三人にゲームのダウンロードをしていた男二人が追い掛けてくる。雨から逃れるのが目的かと思いきや、気付いたときには前からも現れた男二人が立ち塞がっていた。
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