0人が本棚に入れています
本棚に追加
第49話
しまった、挟まれたとはシドは思わなかった。初めて直接的に顔を晒した敵だったからだ。近接戦なら負けはしない、気付いた時点でレールガンを抜いている。敵も銃を手にしていたが素早く見取った半分はレーザーだ。雨で威力は減衰する。どれもが火を噴く前にシドは発砲。
「ハイファ!」
大声で呼んだのは敵への恫喝と警告と少しの心配。だが背後を任せたハイファにそれは必要なかった。パワーを弱めたレールガンから発射されたフレシェット弾三発が銃二丁をガラクタに変えて叩き落とし、持ち主二人の大腿部に一発ずつを掠らせると同時に、背後でも九ミリパラが同様の現象を起こしている。
だがそこに黒塗りのコイルが一台突っ込んできた。オートではありえない速度でやってきてテールを振って急減速、スモークを貼ったウィンドウから突き出された銃口が轟音と共に火を噴く。ハイファ側の男二人が吹き飛んでビルの壁に背を叩きつけた。弾が爆発的に後頭部に抜け、血飛沫が壁に派手な模様を描く。
シドとハイファも黙って見てはいない、黒塗りコイルのフロントグラスに発砲。しかし弾かれる。防弾樹脂だと知ってシドはレールガンのパワーをマックスへ。連射モードで一点集中、防弾樹脂はヒビと共に内側からこれも血の華を咲かせる。
同時にハイファは突き出された銃を敵の手から撃ち飛ばしていた。
けれどそこまでだった。急発進した黒塗りはやってきたときと同様に猛スピードで走り去った。それでもシドとハイファは落胆しない。こちらには二人の男が残っている。
這って逃れようとする男二人をシドは寮のビル陰へと引きずってゆく。暗がりで見ると脚から血を流した男二人は中年で、白いポロシャツにジーンズというラフな、そして何処からも足のつかないような服装をしていた。
並べて壁に凭れさせた男らの前にシドは立って訊いた。
「テメェら、何処から派遣された?」
「……」
「シュレーダー・ディー・バンクで間違いねぇのか?」
「……」
強情そうな顔をして、このままではひとことも口を利かないであろうことは簡単に見て取れた。そこでハイファはセオリー通りの行動を執る。テミスコピーを一人の脚に向け無造作に撃ち抜いたのだ。一発ではない、淡々と二射、三射を撃ち込んでゆく。
「早く喋ることをお勧めするぜ、相棒が風穴だらけにならねぇうちにな」
蒼白となった男はシドとハイファ、自分の相棒へと忙しく目を泳がせてから口を開いた。
「くっ……俺たちはレナードファミリー、発振で命令されて、お前らを殺れと」
「誰がそいつを発振した?」
「分からない……いつも上から、命令が……」
「上って、ドン・ハスター=レナードか?」
「分からない……いつも発振だけで、前金と、残りはあとで振り込まれて……本当だ、信じてくれ!」
残念ながらこのクラスに訊いても埒が明かないようだった。シドはハイファを見る。ハイファは肩を竦めて惑星警察と救急に発振をした。それを眺めてシドが目を移すと、まだ表通りにいたクライヴが目を見開いて、恐怖の形相でこちらを見返していた。
買い物袋を提げたまま金縛りにでも遭ったように雨の中、立ち竦んでいる。
今は何をどう言い訳しても仕方ないのを見取ってクライヴには構わず、シドは捕縛用結束バンドで男たちの止血処置を始めた。止血した上で両手両足を捕縛する。
そうしているうちに意外な早さで緊急音が近づいてきて、路上に緊急機が二機ランディングした。現着したのは制服・私服取り混ぜて十名ばかりの同輩たちだった。
だが同輩たちは路上に落ちている四丁の銃と壁に叩き付けられて頭を割った二人、それにシドとハイファを見て銃を引き抜く。
ここでは警官の銃携帯が認められているのをシドはTVで視て知っていた。だが十名全員から惑星警察の制式拳銃シリルM220を向けられると、かなり居心地が悪くなる。シリルは認可されたプラ弾使用、しかし充分に殺傷能力のある銃だ。
勿論二人は既に銃を仕舞っていた。だが頭を割った死体がふたつも転がっている状況で、執銃し発砲までした者への対応としては並外れておかしいという訳でもない。
「惑星警察だ、両手を挙げて頭の上で組めっ!」
二人は他星の同輩らを刺激しないよう、ゆっくりと挙動した。言われた通りに両手を挙げかけ、シドは警官たちの真正面で立ち竦んだクライヴの存在に「こいつは拙いぞ」と思う。途端に警官の一人が空に向けて威嚇発射した。
驚いたクライヴがビクリと躰を揺らす。警告してやるべきか警官らに任せるべきかをシドが一瞬迷ったそのとき、予測をしつつも信じられないものを見た。こちらに向けて警官たちが一斉にシリルを水平発射したのだ。
咄嗟にシドはハイファを抱き込んで警官たちに背を向けた。プラ弾が複数発、対衝撃ジャケットの背に着弾したショックより、クライヴが血飛沫を上げて倒れた衝撃の方が大きかった。
「やめろ、俺たちも警官だ、やめろっ!」
弾の雨が収まる前にハイファが抱き込まれたシドの腕の中でリモータ操作、小電力バラージ発振で警官たちに太陽系広域惑星警察所属司法警察員の身分証を送りつけていた。撃発音が止んだ中、シドも同様に身分を明かす。それでも二人は救急の現着を待たずに別々の緊急機で地元署に連行された。捕縛はされなかったが、それは紛れもなく連行だった。
リモータを取り上げられ、三時間の取り調べののちにシドは留置場に放り込まれた。リモータはまだ返して貰えず、ICSに回されているのだろうと思われた。別室関係はプロテクトを掛けてあるがICSは専門家だ、簡単に破ることは予測できた。
さて、そいつが吉と出るか凶と出るか、などと考えていると二人の刑事のエスコートでハイファが現れる。隣の房へとこちらもチェックインだ。ロックして去ろうとする刑事たちに向かって、シドはワイア格子の挟まった透明なポリカーボネートの壁越しに大声で怒鳴る。
「最低限の権利だ、リモータくらいさっさと返しやがれ!」
「今、持ってくるから騒ぐんじゃない」
「急がねぇと令状もナシの勾留、出るとこに出たっていいんだぞ!」
「分かったから、他の住人の安眠を妨げんでくれたまえ」
言っているうちに新たに制服警官がやってきて、刑事たちにシドとハイファのリモータを渡していった。刑事たちは食事を出し入れする小窓から、それぞれのリモータを差し出す。シドはひったくるように受け取り、リモータはあるべき場所に収まった。
収まると同時にハイファはものも言わずに操作を始める。別室から圧力を掛けさせて釈放させる手だ。シドはチラリとその様子を窺ってから刑事たちにまた大声で訊いた。
「クライヴは、クライヴ=ハーネスはどうなった?」
刑事二人は目で譲り合い、年配の方の刑事がシドに近づき小声で告げる。
「我々の判断は正当だったと見解が出ている。だが残念なことをした」
「あいつは今、何処にいるんだ?」
「司法解剖に回っている。SDB第一総合病院だ」
それだけ言うと刑事たちはシドとハイファに気の毒そうな目を向けてから留置場を出て行った。それから三十分ののち、二人は同じ刑事たちによって留置場から出された。
こんな時間に出勤してきた捜一課長の、通り一遍の詫びと正当性を主張する言葉の羅列を聞き流してから地元署を出た。外はまだ雨が降っていた。
寮のビルの周辺には人が三人死んだ痕跡はもう残ってはいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!